記憶 パート Ⅵ

*このリレー小説は記憶 パートⅢからの13話目から分岐しています。

パートⅢを読まれた方は14話目からお読みください。

第1話   記憶                            作 あいきさん

「ちょっと出掛けてくるね!!」

いつもの脱走。おきまりのこと・・・。

でも、今回はいつもと少し違っていた。

予定の時刻を過ぎても、ユーリが帰ってこなかったのだ。

「・・・ハディ、ユーリはまだ帰ってこないのか?探しに行く!」

心配になったカイルは、ハットゥサ中を探し回った。

そして・・・。

「ユーリ!」

ある民家の前で、水くみをしているユーリを発見した。

ユーリはきょとんとして、こちらを見ている。

「・・・あなたたち、誰?」

最愛の娘、ユーリから発せられたそんな言葉。

誰・・・・?だと・・・・・。

「あなたたち、わたしをしってるの!?」

バシャン。

水が、ユーリの手から、滑り落ちた。

「わたしのことをしっているのね!?誰?あなた達は誰?」

何も、答えられない・・・。

ユーリ、記憶をなくしたのか・・・・・・・!

第2話            家              作 ひろきさん

「・・・あの、失礼なんですけど・・・。あなた方誰ですか?」

ユーリの記憶がないと分かって、みんなが呆然としているときだった。

ユーリは、なぜ黙り込んでしまったのかが分かっていない。

「あの、とりあえず中に入りませんか?・・・で、お話聞かせてください!」

「あぁ、そうさせてもらうよ。」

何とか正気を取り戻したカイルは、ユーリの言葉に従った。

今のユーリに何を聞いてもワカラナイ。

それならば。

「おばさん、あのね、この人達私のこと知っているみたいなの」

「え?だれだい・・・?お嬢ちゃん、お茶でももってきな」

ユーリはおばさんの言ったとおりに奥に引っ込んだ。

この様子からして、おばさんはカイルに気がついたらしい。

「やっぱりあのお嬢ちゃんは、イシュタル様かい?陛下」

「・・・そうだ。世話になったらしいな、礼を言おう。

 ユーリを連れて帰りたい」

「あぁ、それが一番いいんでしょう」

ふぅ・・・。

大きなため息一つ。この女性は、何か知っている・・・?

「どうしてユーリは記憶をなくしたんだ?」

「・・・事故だよ。私がもっていた水をね、彼女がここまで運んでくれて・・。

 それで、帰りがけに目の前に飛び出してきた馬車に驚いて頭を打ったんだ」

頭を打った。

他には特に外傷はなかった。ユーリのことだ。

うまく身を翻したのはいいが、足を滑らしたのだろう。

「では、ユーリは連れて行く」

カイルはそういうと、かたんと席を立った。

第3話       帰れない                      作 ひー

「ユーリ帰るぞ」

ちょうど奥の部屋から御茶を戻ってきたユーリにカイルが声をかける。

「ちょっと待ってよ、なぜ私があなたとかえらなくっちゃならないの?

私はここにいるわよ、今はここが気に入っているんですもの」

「お前は私の妃だ、本当に何も覚えてないのか」

そういってユーリを抱きしめるカイル。

「ちょっと止めて下さい、本当に何も覚えてないんです」

「急に妃ていわれて、ハイハイてついていける訳ないでしょう」

カイルの腕から逃れて、おばさんの後ろに隠れるユーリ。

「大丈夫だからこの方たちについていってください、イシュタル様。少しの間でしたけど一緒に過ごせてうれしかったです」

「もうイシュタルとかユーリとかみんなで勝手に話を進めないで、私おばさんの息子が帰ってくるまでここから離れないんだから」

そう言っておばさんを抱きしめカイルをにらみつけるユーリ。

「帰らないって・・・ユーリ様・・・」

ユーリにつめよるハディを制してカイルが口を開いた。

「息子が帰らないとは・・・なにか問題がありそうだな?」

やれやれ、記憶が無くなっても何かのトラブルに巻き込まれているらしい・・・

平静を装いながらもカイルは心の中でため息をついていた。

第4話   問題&帰宅              作 あかねさん

「息子は、数ヶ月前に猟に出たまま帰ってこないんです。ただ、それだけのこと。 ですが、その、ユーリ様は・・・・。」

ユーリは、ぎゅっとおばさんにくっついてはなれない。

王宮には帰らないと言うし・・・。

「・・・ユーリ、女性の息子が帰ってくれば、私と一緒に王宮へ来るか?」

「・・・・・・・・そこに、記憶のヒントがあるならね」

ぷいっと、顔を背けるユーリ。

さっきいきなり抱きしめたのがいけなかったらしい。

「ふぅ、では、そのむすことやらをさがすか。なーに、すぐに見つかるさ」

ユーリは、きょとんとしていた。

今のユーリには、カイルが何者なのかさえ分かっていない。

「そんなにすぐに、見つかるわけないでしょ」

「まぁ、みてろ」

ー 数日後 ー

カイルの言葉通り、おばさんの一人息子は見つかった。

猟をしている途中道に迷い、帰れなくなっていたのだ。

「陛下、ありがとうございます、陛下!!」

「いや・・・。さて、ではユーリ。一緒に王宮へ行こうか」

おばさんと息子の隣でむすっとなっているユーリの手を、カイルは強引に引いていく。

そして、ひらりと抱き上げると馬に乗せる。

パカパカパカ。

急ぐわけでもなく、馬を進めるカイルご一行。

「ねぇ、貴男は何者?」

記憶のないユーリには、自分の愛した男でさえもわからない。

「・・・今から行くところへ行けば分かるけど・・・。私は、カイル・ムルシリ。

 このヒッタイトの皇帝であり、お前の夫だよ。ユーリ・イシュタル」

ユーリは馬から転げ落ちそうになった。

自分に、旦那がいる!?しかも、皇帝ですって!?

そんな突拍子もない話を聞きながら、ユーリ達は王宮へ帰ってきた。

第5話     戸惑い                 作 マユさん

記憶を無くしたままのユーリを連れてカイルは王宮に戻って来た。

ユーリはカイルが自分の夫と知り戸惑いを感じていた…

カイルはヒッタイトの皇帝だという…つまり自分は妃なのだ…

自分が一国の皇帝の妃?

何か違和感がある…

「さあついたよユーリ…疲れただろう湯殿に入ってゆっくりしておいで」

ユーリは3姉妹に連れられて湯殿に放り込まれた。

もともと埃っぽかったのでユーリは湯殿でくつろいでいた。

「う~~ん!気持ちいい~」

カイルが自分の夫だと言う以上、ユーリは信じていた。

カイルが人を騙すような人とは思わなかったから…

すっかりくつろいてせいたところに3姉妹がやって来て、服を着させられる。

「ねぇ…この服、嫌なんだけど…」

「あらどうしてですか?よくお似合いですわよ」

ユーリが着させられたのは脱がしやすそうなスケスケのドレス。

いくら記憶がないといえ、服の好みは変わってないのだ。

「まあよろしいではありませんの。これくらい着飾って陛下をお喜ばせになった方が良いでしょう」

「よ!喜ばせるって何であたしが!!」

「何で?って陛下とユーリ様はご夫婦ではありませんか」

(そ‥そっか…あたしとカイルは結婚してるんだっけ…あたしカイルの奥さんなんだよね…つまり…その…いや~恥かしい!!)

ユーリの顔は赤くなっていく。

「ユーリ様?お顔が赤いですけどお湯加減熱かったですか?」

「何でもないよ」

ユーリは笑ってごまかすしかなかった。

「ではどうぞこちらへ」

ハディに言われユーリはカイルの部屋に入る。

「ではお休みなさいませ」

ハディは扉を閉めて遠ざかっていく。

(どうしよう…カイルが来たら完璧に2人きりじゃない!あたし心の準備がまだ出来てないよ!!)

 キィーーーーーーーーー

「あ…カイル…」

振り向けばカイルが立っていた。

とても楽な夜着に身を包んでいる。

(いや~~どうしよう!!)

ユーリの鼓動はますます早くなっていく。

そしてカイルは・・・・

第6話   少しだけ                    作 金こすもさん

「どうした、ユーリ? 」

真っ赤になり硬くなったユーリに、カイルは笑顔で接した。

「あっ、あの~。あたしたち夫婦だから、その~。愛しあわなければ、いけないの? 」

「そうだな。おまえしだいだな。私のことは、すべて覚えてないんだろう? それならば、仕方ないさ。ゆっくりとお休み、ユーリ」

カイルは自分の望みを抑えて、ユーリを安心させ眠らせてやるつもりだった。

時がたち王宮での暮らしに慣れれば、ユーリは落ちつき、きっと記憶を取り戻せるだろうと考えていた。

ユーリの顔が、哀しげに微笑んだ。

カイルから受ける優しさがわかり、ユーリはそ~と身体を投げかけた。

「ごめんなさい、陛下。あたし、早く思い出す。もう、いいよ~。陛下を、信じます」

「ユーリ、陛下とは呼ぶな。私の妃は、カイルと名を呼んでくれたぞ」

暖かいユーリの素肌に触れると、カイルは今までの決心を鈍らせていった。

「カイル、ごめんなさい」

華奢な身体に、大きな両腕がのび抱きしめた。

甘い香りと象牙色の肌のなかで、いつしかカイルは望みのままに愛しんでいった。

ユーリは、思いもつかない身体の反応のなかで、少しだけカイルへの記憶を取り戻していった。

この人は、こんなに自分を大切にしてくれていたのだと・・・・。

そして自分も、こんなに愛していたのだと・・・・。

第7話  カイルの願い?                        作 匿名さん

夜明け前、カイルは腕の中のユーリの寝顔を見つめていた。

いつもと何一つ変わらない寝顔。

なのにユーリの記憶の中に私はいない?

そんなバカなことがあるわけがない。

きっと、これは悪い冗談だ。

ユーリが目を覚ませば、「ごめんなさい。脱走したのを怒られたくなかった嘘ついちゃった。

ほんとうは、記憶をなくしてなんかいない。」と言ってくれる。

カイルは、そう思いたかった。そう思いたかったけれど、現実は・・・・・

「ん・・・」ユーリがゆっくりと目を開ける。

その瞳に浮かぶのは困惑の色。ユーリやっぱり私がわからないのか?

「わたし、この何日かものすごく不安だったの。自分が誰なのかもわからなくて。

まだ、なにも思い出せない。思い出せないけどこの腕の中にいるだけで、落ちつく。

もう少しこうしてもらってていい?」

返事をする代わりにカイルはユーリを抱きしめた。

後宮の奥深く閉じこめておきたい何度もそう願った。

今ならその願いが叶えられるかもしれない。

第8話   ずるい                 作 あかねさん

「・・・・ん?もう朝・・・。あっ!」

記憶をなくしているユーリにとっては、カイルの側で寝ていると言うことがまだ、信じられなかった。

「おはよう、ユーリ。」

平然としているカイル。

でもこの人は、私のことを心配してくれている。

なんでこんなに平然としていられるの・・・?

「ユーリ、いいか?勝手に外に出てはいけないよ。今日は、私は政務があるから、

 あんまり会いにはこれないけど・・・。いいか、この部屋から、出てはいけない。」

「・・・わかりました。」

政務室に行く途中、カイルは思った。

自分はずるい奴だ・・・・と。

ユーリの記憶がないことをいいことに、ユーリを閉じこめている。

自分の願いを叶えている。

ユーリには、「お前は記憶のあるときから、こうしていたんだ」と、

ウソを突き続けている。

自分は、ずるい奴だ・・・。

第9話  いいのかな?                    作 しぎりあさん

「ねえハディさん・・あたし、このままで・・いいのかな?」

 ユーリがぽつんとたずねた。

後宮では、毎日、食べきれないほどの食べ物。

たくさんの綺麗な衣装と宝石と、なにかあればすぐに手を貸してくれる侍女に取り囲まれている。

皇帝・・カイルは、これは全部あたしのものなんだ、という。

 皇帝の正妃としては、当然の事なのかも知れない。

でも。

「あたし、自分が正妃だったなんて、信じられない。なにも思い出せないの」

 正妃らしいことができるはずもない。

義務を果たさず、権利だけを享受していていいのだろうか。

「まあ、ユーリさま。ユーリ様が皇帝陛下の御正妃であることは、みんなが認めていることですよ」

 ハディは、にっこり笑う。

記憶の中から、自分の姿が消えてしまったのは悲しいことだけれど、皇帝陛下のご心痛に較べれば、なんのことはない。

最愛の方に忘れられていまうのですもの。

「みんなの認めている御正妃って、いろんな事が出来るのでしょう?政務とか・・あたし、なんにもできないよ」

「ユーリさまは、皇帝陛下のことを、どうお思いですか?」

突然、きかれて、ユーリは口ごもる。

「どうって・・いい人だと思うよ・・親切だし・・やさしいし・・」

「お好きですか?」

ええっ!?ますます、ユーリは赤くなる。

「・・・う・・ん・・好き・・かもしれない・・」

ハディの表情が、ぱあっと明るくなった。

「それなら、十分です。皇帝陛下を愛されて、皇帝陛下に愛されて・・他の誰にも出来ない、御正妃様だからこその役目ですよ」

それが、役目なの?皇帝に愛されて、皇帝を愛して?

あたしは、確かに、皇帝であるカイルに惹かれている。

でも、あたしのどこに、愛されるにふさわしいところがあるというの? 

第10話   矛盾           作 ひねもすさん 

あの人に愛されるふさわしい女性になりたい。

そうすれば愛し、愛されることが不安じゃなくなる。

それには、何かしなくてはいけない。でも何をすればいいのか分からない。

『ただ、陛下を愛すればいい。』

ハディはそう言うけれど、愛すればその人の役に立ちたいって思うものじゃないかな?

ただ、この部屋の中で待ち続けることが、あの人の役に立つことだったのかな?

ユーリは腑に落ちないことがあった。

以前の自分は正妃としての仕事をこなしていたはずだ。

なのに、カイルは私がずっと部屋で過ごしていたという。

公式の式典以外は外へは出なかったと言っている。

正妃と言うのは式典に出るくらいしか仕事がなかったのかしら?

いいえ、今、陛下は正妃の分まで仕事をこなしてる。

だから忙しいんだ・・・・・。

では、なぜ、私に正妃の仕事のことを教えてくれないのかな?

陛下の私への態度は矛盾している。

記憶を取り戻して欲しいと言いながら、正妃としての仕事に関しては思い出して欲しくないみたいだ。

なぜなんだろう・・・・・?

疑問に思うユーリの後ろから皇帝の声が聞こえた。

「ユーリ、遅くなってすまない。」

第11話  誤解          作  美音さん

愛されるだけの女はイヤ!あたし記憶はないけど、分かるの・・・。

カイルのこと、言葉では言い表せないくらいあいしていたって・・・。               

だからあなたの役に立ちたい、愛する人の助けになりたい。

そう思うのは当然だよ。

「ユーリ、気分はどうだ?」

カイルが政務の間をぬって、あたしのご機嫌伺いに来るのは毎日の事。

「カイル、どうして?」

カイルの琥珀色の瞳を見つめる。

「あたしにお仕事教えてよ!政務を手伝いたい。少しでもあなたの助けになりたいの。」

あたしが強い口調で言うと、カイルはあきらかに困った顔をして無理に微笑む。

「おまえは何もしなくていいんだ。ここに・・、わたしの側にいてくれれば。」

 

どうして、どうして、どうして?

あたしのカイルに対する疑惑は、どんどん大きくなっていった。

第12話  悪あがき                 作 匿名さん

これ以上、ユーリを閉じこめておくのは無理だな。

カイルは考えていた。

記憶を失ってもやはりユーリはユーリだった。

自分の足で立って、自分自身で輝く。

自分で考え、行動する。そういうところは、変わらないようだ。

このままでは、私を信用してくれなくなるだけのようだ。ならば・・・

「文字が読めなくては、皇妃の仕事はできないよ。文字の勉強から

始めようか。」

文字の勉強ならこの部屋でできる

少しでも長く、後宮だけに閉じこめようとしている自分がいる。

お前の気持ちが私以外のモノに向いて欲しくない。

お前の瞳に映るのは私だけでいい・・・・・

第13話  焦り                     作 しぎりあさん

真剣な顔で、粘土板に文字を刻みつけているユーリを見ながら、カイルは言いようのない焦燥感の中にいた。

一度、学んだものだ。上達は、速い。

それは、傷ついて保護した鳥が再び空に帰るために羽ばたき始めるのに似ている。

「どう、かな?」

おずおずと、差し出された粘土板を受け取ると、さっと目を走らせる。

「ああ、上出来だ」

「ほんと!?」

喜びに紅潮した頬に、口づける。

「今日は、ここまでにしておこう」

「え、でも・・・」

「急に、無理をするのはよくないよ」

調子いいのにと、唇をとがらせるユーリを見て、ほほえむ。

そんなに急がなくていい。

一日でも飛び立つのを遅らせるつもりだ。

優しげな表情とは裏腹の、暗い考えに囚われながら、ユーリを見守る。

「ああ、いい天気!ねえ、外に出ていい?」

「だめだ!!」

窓に駆け寄ったユーリが、強い語気に驚いて、振り返る。

怯えさせてしまったかもしれない。後悔が、押し寄せてくる。

「あ・・つまり・・その・・これから執務室を見せてやろうかと思っていた・・」

「執務室、行っていいの?」

ユーリの声が、はずんだ。

「良かった、一度行ってみたかったの、カイルがお仕事する部屋!」

後宮から執務室の方へ移動する途中で、それは起こった。

「おお、イシュタル様、体調がすぐれないとお聞きしていたのですが、いかがですかな」

みれば、高位の文官だった。皇帝の前で、叩頭することなく立って礼をすることが許されている。

ユーリは不思議そうにその顔を見返す。

「ねえ、あなた・・・えっと、名前は・・」

「ユーリ、ゆくぞ」

カイルが、腕をひくとユーリがよろめいた。

「おお、危ない」

文官の腕が差し出され、ユーリのあいた方の手を取った。

「!!」

嫉妬で目が眩みそうだった。

今の今まで閉じこめて誰の目にも触れぬようにしていたのに、こうして人目にさらしてしまったばかりか、言葉を交わしあまつさえ他の男に手を取らせた。

以前のカイルなら、気にもとめないことだっただろう。

ユーリは自由に駆け回り、誰の間でも入り込んでいた。

閉じこめるのはユーリをたわめることだと知っていた。

けれども、数日の間にユーリを占有することを覚えてしまった。

閉じこめ、他の男には会わせず、外界との接触を断ち、ただカイルの帰りだけを待ちわびるように仕向けた。

離れている間も、ただひたすら自分のことだけを考えるようにするために。

間違ったことをしているとは思わない。

自由に飛び出したユーリは、傷つき、カイルを忘れた。

二度とそのようなことを起こさないために、ユーリを守らなくてはならない。

「陛下?」

いぶかしむ文官を無視すると、ユーリを抱え上げる。

「きゃあ、ちょっとカイル!」

そのまま、後宮に続く廊下を歩き出す。

抗議するのにかまわず、元の部屋へ戻った。

「ハディ!ハディ、いるか!?」

「は、はい陛下。こちらに・・」

平伏するハディの前にユーリを下ろした。

「ユーリを、着替えさせろ」

「は?」

「すぐにだ!」

他の男の目に触れた衣装など、いつまでも着せていたくはなかった。

「すぐに、お召し替えの準備を」

「どういうことなの、カイル!?」

ハディが退出すると、ユーリが詰め寄る。

理不尽な扱いへの怒りのためか、象牙色の肌が上気している。

「お前は・・・私以外の男と、口をきいた」

「えっ?」

「私以外の男に、この肌を見せた・・・」

ゆっくり頬をなぞる。

尋常でない光に射すくめられ、ユーリの身体がこわばる。

「他の男の視線になど、さらしてよいものではない。お前は私のものだから・・」

手の甲で首筋から肩口へたどる。

丸い肩を包み込むと、次の瞬間、一気に衣を引き裂いた。

「!いやあぁぁぁ!!」  

14話   なぜ?             作 匿名さん

ユーリの悲鳴は、衣装を持ってきたハディの耳を貫いた。

あわてて部屋の中へ声をかける。

「ユーリ様のご衣裳をお持ちいたしました」

ハディの声にカイルの動きは止まった。

ワタシハ、ナニヲシヨウトシテイタ?

「すぐに着替えさせるように・・・」

そう言い残すと部屋を出て行く。

「ユーリ様?」

「怖かった。」

いったい私がなにをしたというの?

「私以外の男と口をきいた。私以外の男に肌を見せた」

確かにカイルはそう言った。

私を後宮に閉じ込めようとしている?

・・・どうして?

カイルは記憶のない私をずっと守ってくれていると思っていた。

私はただカイルの役に立ちたい。

そしてカイルに愛されるにふさわしい女性になりたい。

ただ、それだけなのに・・・・・・ 

あの眼の尋常でない光は以前にもみたような気がする。

いったいどこで?

ユーリの身体がゆっくりと崩れ落ちた。

15話   夢魔             作 しぎりあさん

暗闇の中、その目が光る。

「ユーリ、私のものになれ」

有無を言わせぬ力が、四肢を押さえつける。

「・・いやっ・・」

女の力が、男のそれに敵うはずがない。

(どうして、こんなことをするの!?)

それでも、身体をよじり必死に抵抗する。

「嫌がれば嫌がるほど、男はその気になるんだぜ」

覆い被さったすぐそばで、声がそう告げる。

(こんなことが、あっていいはずがない)

手首が掴まれ、硬い床に押しつけられる。

「あの男の顔が見てやりたい、国を賭けるほど愛しい女が私のものになったと知った時の顔が」

酷薄な声には、確かに小動物をいたぶり殺す野獣の残酷さが潜んでいる。

(いや、やめて!!)

背けた顔さえ、つかみ戻される。

「わたしのものになれ、大切にするから・・」

(そんなこと、信じない!!)

引き裂かれた衣が、指の間からむしり取られる。

(助けて・・)

熱い指が、容赦なく肌を探り続ける。

(誰か、お願い!!)

男の身体が、強引に膝を割る。

(いやよ、助けて!誰か・・)

「・・カイル!!」

飛び起きれば、闇の中、己の荒い息だけがこだまする。

涙で濡れた、頬が熱い。震える腕で、自分の身体を抱きしめる。

生々しく残る夢の中で、叫んだ名に呆然とする。

「・・・カイル・・?」

助けを求めたのは・・・・

嗚咽がこみ上げて、思わず自分の口をふさいだ。 

16話      イルバーニの悩み           作 匿名さん

毎日必ずご機嫌伺いに来ていたのに今日はカイルは来ない。

どうしちゃったんだろう。

ぼんやりと、扉を眺めている。

もう夕方になろうというのに・・・・・

寂しい?・・・・  

そう私、寂しいと思っているんだ。

夢を思い出す。

そう私が助けを求めたのは・・・・・・・

「陛下は政務がお忙しくて今日はお越しになれないそうですよ。」

ハディが告げる。

「政務をためてしまったので、イル・バーニ様が切れてしまわれたんです」

「昨日から執務室に缶詰なんですよ。お気の毒に」

これは、半分本当で 半分嘘だ。

政務をためてしまったのは事実だが缶詰になっているのは自分の意志だ。

ユーリの前に出る勇気がない。

かといって、それを誰にも知られたくない。

だから、「仕事がたまって」といいわけしているだけ・・・・・・

イル・バーニこそいい面の皮だ。

しかし政務が、はかどればいいかと割り切って考えることにした。

腑抜けになって、政務が手につかないよりはよっぽどましだ。

それにしても、相手がユーリ様となるとどうして頭の回転が悪くなるんだ?

前にも同じようなことをしでかしているじゃないか。

あの時は、イシュタルが昇ったら日本に還すと約束させられていたが今度はどうなるんだ?

イル・バーニの悩みはつきない。

後で、3姉妹にユーリ様の様子を報告させなくては・・・・・

17話      淋しい           作 しぎりあさん

窓の外に、大きな月がかかっている。柱に身を預け、ぼんやり見上げる。

ハディ達は、もう下がらせた。

だから、ユーリは一人きりで部屋にいる。

今日も、カイルは顔を見せなかった。

仕事が忙しいのだろう。

今も、まだ執務室にいるのだろうか。

ユーリは目を閉じた。

一人寝台に入り、眠るのが怖かった。

あの夢が、またやってくる。

闇の中で、押さえつけられ襲いかかられる夢。

泣き叫び助けを呼ぶ自分の声で目が覚める。

そして、闇の中に一人取り残されているのに、気づく。

会いたい。

カイルに・・・

確かに、あの日カイルの目の中に、自分を恐怖させる何かを見た。

けれど、毎夜夢の中の自分が助けを求めているのは、カイルだった。

きっと、彼なら、何とかしてくれる。

のしかかる男達の下から救い出してくれる。

恐怖に目覚めたとき、あれは夢だったのだとなだめてくれる。

だから、会いたい。

抱きしめられたい。

ユーリは自分で自分の肩を抱いた。

何をすればよいのか、分かっている。

部屋を抜け出し、彼の元に向かえばいい。

足下に身を投げだして、乞えばいい。

あたしの、そばにいて。

あなたの、そばにおいて。

18話   ハディのたくらみ           作 匿名さん19話

ここは、執務室。

カイルとイル・バーニの二人きり

「陛下 今日もユーリ様のご機嫌伺いをなさらなかったようですな」

「政務が詰まっていて、それどころではあるまい?」

「お食事も余り召し上がらず、夜もろくにおやすみになっていないご様子ですがなにか、心当たりがおありですか?」

「・・・・・・・・」

ドアがノックされる。

「ハディです。陛下申し上げたいことが・・・・」

かなり慌てている様子だ。

「ハディどうかしたのか?」と陛下

「ユーリ様が、ユーリ様のお姿がみえません。今日は早くから下がるようにおっしゃられて、さっき、ご様子を伺いに行ったのですが・・・・・・・・・・」

最後まで聞かずにカイルは飛び出していった。

ユーリが居なくなった。

そんな、バカな!

後宮の中は自由に歩けても、外に出ることはできないはずだ。

後宮に閉じこめておくため普段より衛兵の数は数倍に増やしている。

すごい勢いで後宮に走って行く、皇帝の姿は衛兵たちの度肝を抜くのに十分だった。

後を追おうとしたイル・バーニだったが、ふと気がついた。

慌てた様子で報告に来たハディだったがいやに、落ち着いているではないか?

なぜまだここに居るんだ?

「ハディ?」

「イル・バーニ様、ユーリ様は中庭においでになりますわ。ご自分のお部屋にお姿がみえないだけです。」

「なに?」

「ここ数日間、恐ろしい夢をご覧になられるようで、毎晩うなされて陛下に助けを求めておられました。

でも、陛下はお見えにならない。

今夜は寝ることもおできにならなくて、執務室の方へ歩いて行かれたのですが、何を思ったのか戻ってみえて・・・・そのまま、中庭で泣いて見える様子をみていたら、あとで、どれだけおしかりを受けてもいい。

陛下にお越しいただこうと思って・・・・・・・・」

「それで、あんなことを申し上げたと?」

「ええ、イル・バーニ様」

確かに効果抜群だった。

今頃中庭は、どんなことになっているのやら。

20話     月光                   作 マドさん

雲の上を走る様に、なかなか速く走れない。

ユーリの事になるといつもそうだ。

気持ちだけが先走りしてしまう。

執務室からユーリの部屋へ行ったものの、そこにはハディの言った通りユーリの姿はなかった。

胸が、騒ぐ。

もしも、消えてしまっていたら、奪われていたら・・・

そんな不安がいつも頭にある。

大切にしたいと思えば思うほど空回りしてしまうのが、切なくて。

感情をぶつけてしまうのが怖くて、顔も見れない。

中庭を覗くと、小さな細身の身体が月明かりに照らされながら震えている。

後ろから近づき、抱きしめようとしてためらった。

私は彼女を傷つけるのを恐れている。

「ユーリ・・・・」

ビクリ、と肩が揺れて、振り返る。

黒曜石の両目からは大粒の涙が零れ落ち、頬には乾きかけたそれの後が痛々しくあった。

触れたいけれど、触れられない。

「どうしたんだ・・・」

以前のユーリなら独りきりで、泣かせはしなかった。

そして、私もそうさせなかっただろう。

でも、今は・・・

21話     月に濡れて           作 しぎりあさん    

中庭は、月の光に照らし出されている。

泉の水に足を浸しながら、ユーリは空を見上げた。

頬が光っている。

「月が、綺麗だね」

カイルは少し離れた隣に腰を下ろした。

出来ることなら、抱きしめたい。

抱きしめて、涙の痕に唇を這わせ、腫れたまぶたに口づけたかった。

けれどそれは、できない。

「ああ、綺麗だな」

今は、涙の訳さえ問えない。

ユーリが答えないのなら、問いつめることもできない。

「・・・カイルは、怖い夢を見る?」

ユーリが訊ねた。

「・・たまに、な」

お前がいなくなってから、いつもだよ。

心の中で。

「あたしも、見るよ。すっごく、怖い夢。それで目が覚めるの」

「それで、安心するんだろう?夢だったって」

ユーリは静かに首を振った。

夢から醒めれば闇の中に一人だと知って、よけいに怖くなる。

「ううん、夢を思い出してやっぱり怖いの」

「どんな夢だ?」

二人は、いつの間にか向かい合っている。

突然月が翳った。

雲が出てきたのか、中庭は闇に包まれた。

闇の中、互いの声だけが聞こえる。

「誰も、助けてくれない夢」

「何からだ?」

ユーリが息をすったのが聞こえた。

まるで、何かを決意するように。

「・・・男の人・・男の人がね、襲ってくるの。あたし、カイルの名前を呼ぶの。助けてって・・」

もう、我慢ができなかった。

闇に腕を伸ばす。

細くて暖かな身体に触れると、抱き寄せる。

「・・・こんな風に、助けて欲しかった・・」

背中に腕がまわされる。

二人はしばらく闇の中で抱き合っていた。

「私で、いいのか?」

「いいよ。カイルじゃなきゃ、いやだ」

不意に、雲が晴れた。

再び照らし出された中庭で、二人は見つめ合った。

「私の見た怖い夢の話もしてやろう・・・」 

第22話 怖い夢転じてうれしい知らせ         作 匿名さん

「カイルの怖い夢?」

「そうだ。私が見る怖い夢は・・・ユーリ、お前が消えてしまう夢だ。」

「・・・えっ!?」

「カイル!見てみて!」

シャラの子を抱いたユーリが3姉妹とともにやって来る。

「ほう・・・キックリの子とは思えぬな・・・シャラに似て美人になりそうだ。」

「まぁ、陛下ッたらご冗談を・・・」

「いいよね~赤ちゃんって。可愛いね。ほら、カイルも抱いてみてよ。もうすぐ父親になるんだよ?」

「ん、あぁシャラいいのか?」

母親であるシャラに了承を取る辺りやはり赤ん坊という存在はある種怖いのだろうか。

「陛下がお抱きくだされば、この子も喜びますわ。さぁ、どうぞ。」

ユーリから渡された赤ん坊が笑ったのを見てカイルは思わず笑いかけた。

その瞬間。

ユーリが空気に溶けるように消えてしまったのである。

「ユーリ!??」

思わずカイルは叫んでしまった。

「陛下?どうなさいなした?」

「どうしたってハディ、ユーリが消えたんだ。」

「ユーリ?どなたですか?そんな方存じませんが・・・」

「!???ユーリ、ユーリ?何処にいるんだ。出て来てくれ!」

「そこでいつも目が覚めるんだ・・・」

「どうして・・・私がいなくなるのが怖い夢なの?」

一生懸命ユーリはカイル見返す。

「それはな、私がお前を愛しているからだ。世界中の誰よりも!」

そう言うとカイルはユーリのくちびるをふさいだ。

壊れ物を扱うが如くやさしく。

くちづけを受けた瞬間、ユーリの中にたくさんの記憶が一気に流れ込んで来た。

「うっ、頭が・・・」

「ユーリ?ユーリ!しっかりしろ!ハディ、ハディ!!」

「う・・ん・・・ここ何処・・・?」

「ユーリ気が付いたか、良かった。」

いつの間にこんなに人が集まったのだろうか。

ユーリは3姉妹にキックリ、イル・バーニ、3隊長にパンクスまでも集まっている。

「イシュタル様・・・何も知らず申し訳ありません。」

「?アイゼル議長?何言ってるの?あ、カイル執務は?またイル・バーニにしかられるよ?」

その場にいた全員が固まったように見えた。

「ュ、ユーリ様。記憶が戻られたのですね?」

「はぁ?何言ってるのハディ。記憶がなに?もしかしてあたし、記憶喪失だったのぉ?!もう大丈夫、みんなのこと覚えてるよ。」

ユーリは順順にその場にいる全員の名前を呼び出した。

「そして・・・貴方がカイッッつっ!」

「ユーリ!」

「あれ?あたし・・・わっ。」

カイルには強くユーリを抱きしめる。

蒼天の星空がまたたき光がやさしくヒッタイトに降り注いでいた。