第9話 杞憂なんかじゃないはずだ 1

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-From 1-

「なにしてる?」

午後の大学の図書室。

講義が休校になって空白になった時間を私は勉学にいそしんでいた。

似合わない場所に現れた人物に私は思わず驚きをかくせない。

「西門さんこそどうしたの?珍しいじゃん図書室に現れるなんて」

「俺?俺逃げてるとこ」

「もしかして二股か三股がばれた?」

思わず西門さんの登場した入り口付近にキョロキョロと視線を投げる。

西門さん好みの女性の姿は確認できなかった。

「最近は俺・・・そこまで暇じゃねえぞ」

にっこりほほ笑んで西門さんが私の前の開いてる席に腰を下ろす。

「なに?これ、高校の教科書じゃないか?」

「難しそうな顔してるから法律の本でも読んでるのかと思ってた」

そこまで不思議がらなくてもと思えるような大げさな感じの西門さんに自然と頬が緩んでくる。

「家庭教師のバイトすることになったから、復習中」

道明寺にばれないようにと誰にも内緒にしていたのに・・・

またバイト増やしたなんてことが道明寺に知られた日には不機嫌丸出しでブツブツ文句が降ってくる。

小言を聞くのが嫌だから、道明寺に内緒でやっていたバイトが・・・ひとつ、ふたつ・・・

心の中で指を折って数えてみた。

足の指借りても足らなかった。

つい喋りたくなるようなこの雰囲気・・・

気分乗せるのうまいよな西門さん。

イカン!ダメだ!

このペースに乗せられて今までどれだけ遊ばれたか・・・

でも・・・もう家庭教師の事は喋ったからな。

ここだけの話しで終わらせよう!

心の中で決心する。

「牧野に教えられるのかぁ」

私から教科書取り上げて目の前で西門さんがヒラヒラさせる。

「これでも英徳の法学部て、ブランドありますからねッ」

教科書取り戻して舌を思い切り出してやった。

「俺みたいないい男にそんな顔する奴いねえぞ」

「クスッ」と西門さんは笑いをかみ殺す。

自分からいい男だと言うあたりはさすがはF4随一のナンパ師、貫禄充分だ。

「別に私は西門さんによく見てもらおうなんて思ってないからね」

「言うじゃねえか。俺・・・傷ついた」

「泣く真似なんてしないでよね」

「ばれてる?」

目頭抑えた手を外した西門さんを、当り前でしょって顔して睨んでやった。

どちらからともなくクスクスと笑いが漏れる。

「別にバイトする必要ねえのにて司が嘆いてたぞ」

「道明寺うるさいんだよね。せっかく口座にお金入れといてやってるのに全然使ってねえとかさ」

「バイトする時間があるなら俺の為に開けておけとかね」

西門さん相手に思わず愚痴ってしまってた。

「そういえば口座の残高変らないて司が愚痴ってたな」

「司がやりたいんだから牧野も甘えてやればいいんだよ」

「その方が司機嫌よくなるから俺らも楽できるわけだし、助かる」

「女は男に金使わせていい女になるんだぞ」

西門さんが軽く私のおでこにデコピン入れた。

「いい女になんかしてもらわなくても結構です」

頬膨らませてしかめっ面で反論する。

「あっ!新しくバイトと増やしたて知ったら道明寺うるさいからこの事は内緒でお願します」

仕方ないみたいな感じに西門さんが相槌を打つ。

「その家庭教師って教えるの女の子だよな?」

「違うよ。高校2年の男の子」

教科書に視線を移してペンを走らせながら答える。

「なんで男なんだ」

「しょうがないよ、最初から男か女では選んでないもん」

「牧野・・・その家庭教師はやめとけ」

「なんで?」

ゆっくり頭を上げて視線を西門さんに向ける。

「お前には勤まらねぇよ」

「それに家庭教師のバイトを口止めされたこと司にばれたら俺の身が危ない」

真剣なまなざしの西門さんと視線がぶつかった。

-From 2-

「牧野、お前に対する司の嫉妬が半端じゃないの知ってるよな?」

ため息交じりに西門さんがつぶやいた。

「それはまあ・・・」

こそこそ顔を付きあわせ、話し合う内容じゃない様な気がするが・・・

道明寺のせいでバイトを諦めた事も一度や二度じゃない。

コンビニでバイトしてたら「対面式で男こと見つめ合うな」と嫉妬された。

私は「お金もらってお釣り渡してるだけだ」と反発したが、レジの傍で道明寺が睨みを効かせるものだからバイトにならず諦めた。

ファミレスでは「制服のスカート短すぎ」と、すねられて次の日には道明寺が店を買い取っていた。

個人の家庭教師なら道明寺に邪魔されないと思って決めたバイト。

面接うけたら保護者に一目で気に入られてすぐにOKもらってた。

まだその男の子には会ってないけどね。

「西門さんが喋らなきゃばれないと思うけど・・・」

遠慮がちに言ってみる。

「牧野!考え甘すぎ!」

「司のお前に対する嗅覚は半端じゃなくすげぇからな」

「家庭教師が女なら問題ないが男だろう?『個室で二人っきりなんて許さねえ!』って、嫉妬するの目に見えてるぞ」

西門さんの脅しに、こめかみに青筋浮かべた道明寺の顔が浮かんできてギクとなった。

「ばれるかな・・・?」

「ばれたら責任持てねぇ」

頬づえついた西門さんが私を身離す様に声を出す。

「でも引き受けちゃったし・・・」

「すぐは断れないし・・・」

だんだん窮地に追い込まれるような気がしてきた。

「代わりは俺が手配してやるよ」

仕方ねえみたいな感じで西門さんが私の頭をポンとたたいた。

「それはダメ!」

「無責任なことは絶対出来ない。引き受けた以上はしっかり自分で責任取る」

その手を振り払って大声あげる。

周りから私に注がれた視線に思わず両手で口をふさいだ。

「牧野の性格忘れてた。言いだしたらきかない頑固なところもなっ」

「ククク」と西門さんが笑いをかみ殺す。

「司にばれないように気をつけろよ」

「しょうがないから問題起こったら相談乗るから」

フッとやさしい瞳を西門さんが私に見せる。

「それでいつから家庭教師を始めるんだ?」

何気に軽く西門さんに聞かれる。

「今日・・・」

まさか今日中にばれることはないよねと不安な感じで西門さんに視線を投げかけてしまってた。

「それじゃあ、司が牧野のこと思いださないように俺が今日は連れまわしといてやる」

私の気持ちが伝わったのか、そう言って西門さんがにっこりほほ笑んだ。

さらりと見せる西門さんのやさしさ。

私の不安を見事にすくいとってくれた。

その不安を植え付けたのは西門さんだけど・・・・

フォローを忘れないのはさすがだと思わずにはいられない。

これだからきっと西門総二郎は女にモテるのだ!と、すべて納得したのだった。

-From 3-

「お前から俺を誘うなんて珍しいよな」

「たまにはいいだろう。高校時代に戻ったみたいで」

「まあな」

誰にも邪魔されることなく遊ぶことが出来るVIP御用達の隠れ家で久しぶりに司とグラスを傾ける。

高校の頃は毎日と言っていいほどここで4人でつるんでた事を思い出す。

牧野と別れた後、俺はすぐに司に連絡を取った。

俺の方から連絡をとるなんなて司が牧野と付き合いだしてほとんどなかったと記憶している。

司からは牧野と喧嘩したと何度夜中に起こされて携帯で愚痴を聞きされたかは解かんないけど・・・

とにかく俺は司と連絡をとった。

俺はどうして牧野の為にこんなことしてやってるのだろう。

俺も暇ではない。

なにも気がついてない顔して男子学生の家庭教師を引き受けてしまうなんて牧野も相変わらずどんくさい奴だ。

言わなくても、教えなくてもいいことを言ってしまった自分に後悔した。

俺の初めての相手が家庭教師の女子大生だったと牧野に告白したら、あいつはどんな反応示すのだろう。

顔真っ赤にしてギョッとなって固まる事が容易に想像できる。

言えば速攻で家庭教師を止めただろうか。

イヤあいつの事だ、「私はそんな心配ない」とケラケラ笑い飛ばしてる気もしてきた。

結構危ないんだぞと教えてやりたい俺の気持ちなんてキョトンとした顔で無視されるに違いない。

司の嫉妬が怖いぞと理由をつけたが、それでもばれなければと家庭教師をやると言いはる牧野は、どうしようもない状況を勝手につくて勝手に溺れかかている。

目の前でパクパク溺れる奴をやっぱり黙って見過ごすこと出来なくて、浮輪を投げ出してやっていた。

俺好みの女は別にして、これが牧野じゃなかったら助けようなんては思いもしないだろうけど。

俺だけでは間を持てあますからあきらにも類にも連絡を入れている。

そろそろあいつらもくるはずだ。

F4が4人だけで揃うのは久しぶりだ。

俺達が揃う時は司に牧野がいつも一緒だからだ。

考えてみたら男4人に女が一人。

F4に囲まれて過ごせるなんてほかの女どもなら卒倒してしてしまうすげー贅沢な構図が出来上がっていた。

いつの間にか牧野が俺達の中心になっていないか?

あいつに牛耳られてるの司だけじゃないのかもしれない。

そんな気がしてきた。

「待たせた」

あきらと類が時間差で現れる。

「あれ?司だけ?牧野がいないなんて珍しいね」

言わなくていい事を類が口にした。

今日の俺の役目は司が牧野の事を思い出さないようにすることだ。

「呼ぶか?」

司がうれしそうに携帯をとり出す。

ボタンを押す一歩手前で司の携帯を取り上げる。

「まて、司!たまには男だけというのも楽しいぞ」

「牧野に聞かせられえねえ話も出来る」

類の言葉に素直な反応を見せる司にあほらしい気持ちも浮かんできたが、それをグッと押し殺す。

俺の言葉にどんなニアンスを感じとったのか司の頬がポッとなって動きが固まった。

ここから俺は司の気を引くためにしたくもない話を考えなければいけなくなった。

牧野に聞かせられないような話って・・・

司に話しても大丈夫なのだろうか・・・

俺の横に腰を落ち着けたあきらがニヤリと笑っていた。

-From 4-

「総二郎お前は司相手になにおしゃべりする気なんだ?」

俺は二人に挟まれた格好になっていた。

「ど・・・どんな事聞いてもいいのか?」

声が上ずって舌がうまくマメらない状態。

一気にグラスの中のアルコールをグッと飲み干す。

カラッと氷が冷たい音を立てた。

「どうすれば女は喜ぶ?」

こんなチンけな言葉じゃなくて・・・

牧野を抱いた瞬間に、なにも考えられなくなって真っ白になって・・・のめり込む感覚。

どうすれば正常に保つことが出来る?

牧野にいっぱい俺を感じさせてなかせてみてッーーーー。

男の本能だろうが!

今の俺じゃ絶対出来ない!

こいつらの顔てたら理性が本能押しとどめて聞けなくなった。

俺の気持ち察知してお前らの方から喋ってくれーーーー。

楽な方に考えが進んでいた。

「司君・・・女じゃなくて牧野だろう」

あきらの言葉にアルコールのせいだけじゃないカッーとした熱が俺の全身を駆け上がる。

「そんな率直に言うな」

「率直に言わなければ解かんねえぞ~」

あきらが照れる俺見てニヤリとした。

「俺、牧野の事は知らねえし教えられねえかも・・・」

「牧野の事はお前が一番知ってるんじゃねえか」

総二郎がつまんなそうにソファーから立ちあがって席を移動させた。

牧野に聞かれたくねぇ話をするって言ったの総二郎!お前じゃねえかーーー

喋らねぇ気なのかッ!

非難の視線を総二郎に向ける。

「総二郎の言うとおり俺達のテクニックじゃ牧野には通じねえかもなぁ」

「なんせ、あの牧野だし!」

あきらの言葉に「クス」と類まで頬を緩める。

「牧野が司を受け入れているんだったらそれでいいんじゃない?」

類の言葉に思わず考え込んでしまった。

牧野は俺を受け入れているのか?

確かに最後の一線は無事に超えた。

その後・・・

俺・・・

牧野に拒否されることも多くないか?

打席に立ってヒットを打ったと思ったらスーとグローブに吸い込まれアウトになってたり・・・

ファールと思ったらホームランだったて言うのもまぐれであった!

あれは・・・

本当にまぐれで・・・滅多にない幸福感。

3割打者目前でうろうろしてる2番打者みたいなもんだ。

なかなか点数はいらない。

それにまだ今週は「勉強忙しい」と言われてまだ一度も牧野に会っていない。

無性に牧野に会いたくなって、確かめたい衝動が俺を襲っていた。

「俺帰るわ」

「なんで!今みんな揃ったばかりだぞ!」

珍しく総二郎が焦ったような声を上げる。

「牧野に会いに行く!」

「会いに行くって・・・今からか?」

「もう夜だぞ!」

「まだ8時だぞ」

俺を阻む総二郎の態度がやけに気に障る。

「総二郎・・・お前なんか企んでいる?」

総二郎に向かって言ったことがない言葉が口から飛び出していた。

杞憂なんかじゃないはずだ 2 に続く