第12話 ないしょ?ないしょ!ないしょ!? 14

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-From 1 -

「あっ」と言って固まった。

頭が真っ白。

なんで!

どうして!

ここにいる!

花沢類のことを知ってるんだよねお母様。

「あれは誤解です!」

なんて・・・

気軽に言える関係はまだできていない。

何を言われるか・・・

「うちの息子では不服なの」

「はしたない」

「婚約は取りやめね」

「新しい婚約者でも探そうかしら」

言われたらどうしようーーーーーーッ

頭の中は負の連鎖。

焦りを現すように汗が顔から噴き出した。

「あら、久しぶりねつくしさん」

にっこりほほ笑むその顔にきゅっと背筋がピンと張る。

この緊張感・・・

いまだに慣れない。

久しぶりって言ったって、1週間前に会っている。

この間隔は私たち二人にしたらずいぶん短い時間だと思うのだけど。

道明寺と比べたら2時間ぶりの再会の気分。

「ご無沙汰してます」

それだけ何とか言って頭を下げた。

「降りないの?」

「あぁぁぁぁぁ、降ります!」

バタバタ気味にエレベーターから降りる。

それを待っていたようにエレベーターに乗り込むお母様。

降りた私を捕まえて説教じゃなかったのは喜ぶべきか。

「いろいろ忙しいようだけど、楽しんでちょうだい」

お母様はそう言い残してエレベーターの中へと消えていった。

楽しむ?

花沢類とのことを聞いて楽しむって私に伝えるってどういうこと?

そんな噂気にしてないとか?

それとも加川さんの話をしっかり聞いていなかったとか?

人の話を聞かないのは道明寺で・・・

お母様の場合は、なにごとも聞き洩らさないように電波張り巡らせている感じだからそれはないか。

それで楽しめってどう解釈すればいいんだ。

道明寺みたいに感情むき出しのほうがどれだけ楽か。

道明寺のお母様って考えを表に出さない分難しい。

さっきよりも頭の中は荒らしに雷、波浪注意報に暴風警報が鳴り響く。

これからの行き先も一番行きたくない道明寺の隣の部屋。

泣きたい気分だ。

「つくし様」

振り向いた先には西田さんが立っていた。

「少しよろしいですか」

落ち着いた低音の響きの声。

お母様の緊張感を引きずったまま西田さんを眺めてた。

蛇に睨まれた蛙の気分。

ライオンを前にしたウサギ?

これは道明寺を前にした場合だな。

「捕って食べたりしませんから」

私を見透かしたような西田さんの言葉。

冗談は笑った顔で言ってほしい。

「どうぞ」

西田さんに案内されるままに秘書課へと連れて行かれる。

数人の秘書さんは落ち着いた態度で頭を下げた私たちを見送る。

この秘書さんたちさっきの道明寺と的場常務とのやりとりを見ていたはず。

当然私のことも気がついたはずだ。

ここでそのことを微塵も態度に出さないのは西田さんの指導のたまものか。

統率がとれてる感じに道明寺とのやりとりが他に漏れることはないと確信する。

いまさらそれがどうなんて問題じゃないような気もするが。

そもそも私がここで働く意味あるのか?

西田さんに聞くしかない。

「しばらくは誰も取り次がないように」

奥の一室へ私を連れ行って西田さんがバタンとドアを閉めた。

-From 2 -

西田さんと二人で面と向かい合うのってどのくらいぶりだろう。

あんまりいいことなかったような気が・・・

道明寺の心の内をそっと教えてくれたり・・・

これは・・・まあ・・・いい方向に向かわせてくれたっけ。

あとはお母様の伝言。

今回はどっちだ?

どっちも不安だけど。

落ち着かない。

知らないうちに心臓がドクン、ドクンと勝手に波を打つ。

西田さんの言葉が待ち切れず自分から口をついて出てきたのは「お母様に会いました」

これって率直過ぎないか?

「会われましたか」

しまった!という表情・・・?

それがどうかしましたか?という表情・・・?

どっちだぁぁぁぁ。

読めない!

それはいつものことだけど・・・今日は困る。

「私がバイトをする意味、何かあるんですか?」

「つくし様がこれほどオモテニなるとは奥さまも予想外だったみたいですが・・・」

西田さんの銀縁眼鏡のその奥の瞳がフット優しくなった感じは見間違いか?

やっぱりこの人は何か知ってるよぉーーーーーッ。

「純粋に道明寺ホールディングスの会社をつくし様に見てもらいたかったみたいですよ」

「まだ坊ちゃんの婚約者と知られる前のほうが内情はよく見えるだろうからと今の時期を選ばれただけで」

「以前も申しました通り坊ちゃんにばれたらつくし様との関係はばればれになるでしょうからね」

バイトの始まりの前にお母様と話したことを思い出す。

変わり映えのない内容。

もう十分わかりましたと言いたい。

会社での道明寺の存在感。

道明寺が現れるだけで空気の色が変わる。

私の前で見せる柔らかく優しい雰囲気なんてどこにも存在しなくって・・・

一人で戦っているそんな誰も寄せ付けないオーラをまとってる。

すごいと本気でそう思っていた。

女子社員に人気があるってことは重々承知してたけど。

「本当にそれだけですか?」

「最初の始まりは・・・と、申しておきましょう」

まだ全部話せません、そんな雰囲気で西田さんが口を閉ざす。

「類様とのことも的場常務のことも奥さまは気にしてらっしゃいませんから」

「俺が気にするだろう!」

バンとドアが開いて道明寺が姿を現した。

息切らせてる様子はどうしてだ?

この部屋と道明寺の部屋って続き部屋だったのかと部屋の構図に気がついた。

これじゃ前の部屋の秘書さんに誰も入れるなって言った意味はあるのだろうか?

「代表ともあろうかたが盗み聞きですか?」

「聞こえただけだ」

ちらっと私に視線を向けてすぐに道明寺が目をそらす。

「ここの話声が代表の部屋に筒抜けになるほど壁は薄くないはずですが」

「聞こえたんだからしょうがねぇ」

完全に開きなった道明寺。

西田さんに負けている。

道明寺ホールディングス代表の緊張感も存在感も全部取っ払った私に見せるわがままでバカで子供みたいに感情を丸出しの道明寺がそこにいた。