イルの憂鬱 3
*ヒッタイトの宮廷が見下ろす街並み。
日本でいえば城下町みたいなものだろうか。
城壁に守られてにぎわいを見せる市場。
肌の違う人種が入り混じる。
どうみても一番人種が違う私。
黒髪の黒い瞳だけで人目を引くことを知っている。
イシュタルと呼ばれ始めた頃から変わらない現象。
現代みたいにテレビで大々的に放映されてたらこれくらいじゃ隠しようがない。
日本じゃ一般人の範囲から抜け出すことはなかったはずだ。
本当なら今頃は大学受験で必死になっている頃だ。
皆どうしているんだろう?
一人になると忘れたつもりの世界をふと思い出してしまってる。
忘れ去ることは無理だと分かってる。
淋しさを包んでくれるカイルがいるから耐えられる。
幸せはかみしめるほど甘さを増してくる。
心配してるかな?
してるよね。
でも・・・こんな機会ニ度とない様な気がして楽しんでいる自分もいる。
人にかしずかれて面倒を見てもらう生活は気が休まらない。
最初の頃とするとこれでも随分慣れたものだが、ハディーは未だに「私たちの仕事がなくなります」と愚痴をこぼす。
服の着替えくらい一人でしたい。
私のことは私以上にあの三姉妹は詳しいのではないかと思うことがある。
だから一人で歩きたくなった。
なんて言い訳で許してくれるだろうか。
騒ぎにならないうちにとアスランから降りて、目立たない様にマントで頭からすっぽり身体をおおって姿を隠した。
市場はヒッタイトの繁栄を映し出す様に活気であふれてる。
並んでいる品物を見ているだけで楽しくなる。
人々の明るい声に笑い声に押される様に歩いた。
軍馬のアスランの手綱を引いて歩く私にユーリ様と声をかけてくるのは私を探しに来た側近者しかいないはずだ。
今のところその気配はない。
「いい馬だな。お前のか?」
背中越しに聞こえる聞き覚えのない男性の声。
逆光を背にして立つ男の顔は見えないが体格の良さは軍人そのものの屈強さを連想させる。
「そうだけど」
「なんだガキか」
高めの声は隠しようがない。
「お前には勿体ないようないい馬だ」
「俺に売らないか?」
失礼な奴だと思ったが売れと交渉するだけましな方かも知れない。
力に任せて弱者から奪い取る所業は飽きるほど見てきた。
それがすべて取り締まれないのは悲しい現実だ。
「売らない」
背中を向けたまま無視するようにアスランの手綱をギュッと握りしめて歩く。
「いい値の倍出すぞ」
「手放すつもりはないから」
勢いよく振り向いた瞬間にマントがずれて頭が露わになった。
「そう言われるとますます欲しくなるもんだぞ」
人懐こそうな笑顔で人の頭をポンポンと軽く叩く。
茶褐色の短めの髪の毛。
二重の瞼はくっくりと大きな瞳を引き立たせる。
屈託ないほほ笑みは子供に言い聞かせる様な雰囲気。
ここで自分の正体がばれるよりはましな展開だろう。
「馬を手に入れてどうするの?」
「知らないのか?ヒッタイトでは優秀な軍人を集めてる。おまえもそれに来たんじゃないのか?」
「こんな馬を連れていったら一発だろう」
「それなら私も馬を手放すわけないだろう」
「それ以外にアスランは私以外は乗せないと思うけどね」
私から顔をなでられながらアスランがそうだと言う様に首を上下に振る。
「試してみるか?」
「試す必要もないと思うけど?」
「よし、貸せ」
奪い去る様にアスランの手綱を取られた。
「行くぞ」
「どこへ?」
「ここじゃ無理だろう」
歩き出す男の取っていたアスランの手綱がピンと張った。
「こら歩け!」
睨みつける男にそっぽを向くようにアスランは斜め上に首を伸ばしてる。
「それじゃ無理だね」
言いながら笑いがこぼれる。
「アスラン行こう」
元来た道を引き返す様に歩き出した私の後ろについてアスランが歩き始めた。
「クソッ」
忌々しげにアスランを眺めて悔しさにじませる男が私の横に並んで歩き出す。
カイル以外の男性が私の横で肩を並べるのって久しぶりだ。
カイルだけじゃなく三姉妹に見つかってもタダで収まるはずがない。
「この馬どこで買った?」
「えっ?」
「そこならいい馬も他にいるんじゃないか?こいつより扱いやすそうな素直な馬」
「買えないよ」
「どうしてだ?」
「アスランは王宮の牧草地で育てられてる馬だもん」
「・・・」
立ち止まってじっと私を見つめたまま男は無言になった。
「お前なにもんだ?」
「さぁ」
真顔になった男の顔を見つめながらつぶやいてにっこりとほほ笑んだ。
月一の更新で申し訳ないです(^_^;)
なかなか話が進みませんが忘れた頃の更新になりそうで・・・。
花男と頭を切り替えるのが難しいのです。
書きながらこれはユーリじゃない!つくしだ~なんて思って書きなおすこともしばしば。
大丈夫かな?