最上階の恋人 16
さぁ司君。
ここから最上階まで一直線で御帰還と行きましょう♪
西田さんが手ぐすね引いて待っていたりして。
「西田・・・人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られていたかったって知らねぇのか」
「馬に蹴られて痛いくらいで済むのは代表くらいのものです」
こんなやり取りを考えて西田さんに邪魔してもらいたいと思っているドS倶楽部
「最低っ」
絞り出すように聞こえた声。
まだ俺に刃向う気かよ。
舌打ちしそうになった表情を隠すように俯く。
まぁ素直な態度じゃねぇのはいつものこと、気にするものじゃない。
余裕な感情がフッと小さく唇から息を漏らす。
今日は牧野が俺に突っかかってきても大人の対応で応えられそうだ。
そう思いながらもふと感じる違和感。
牧野の声質よりちょっと低めの声。
俺に腕を握られた牧野は不服そうな表情を浮かべて少し開いていた唇を真一文字に結んでいる。
俺に反論する時間も抵抗する仕草も影を潜めてる。
騒がれるのは嫌いな奴だから、「見世物になる気か」の俺の一言が効いているのは間違いない。
「それ、パワハラですよ」
知らない女がやけに強い口調で強気な態度を見せた。
突っかかってきたのはこいつかッ!
「あなた、何言ってるの。すいません」
止めに入ったのはたぶん俺の会社の社員。
俺と視線を交わさない落ち着かないに瞳を隠すように微弱に睫毛が震えてるのが見える。
関係ない奴がやたら増えてる感覚。
すぐにどこかに消えろ!
つーのが、俺の本音。
「こいつを、どう扱おうと他人にとやかく言われる必要はねぇんだよ」
グッと引きよせた牧野はヨーヨーが手の中に戻るような素直な感覚で俺の胸元に頬を寄せる。
つーか俺以上にこいつを大事に扱うやつはいないと自負している。
「彼氏か婚約者か知らないですけど、威圧的な態度で反論もできない状況に追い込んだら、DVと思われても仕方ないんじゃないんですか」
さっきからパワハラだのDVなど厭味ったらしく聞こえる。
「勅使河原さん、違うから、この程度はいつものことなの」
「以前から我儘で乱暴で・・・あれは狂暴と言ったほうがいいのかな?
俺様で、自分が言うこともやることも間違いないっ思ってる暴君タイプはどうしようもないし・・・
あっ、これでもましになった方だから」
牧野の言葉は俺を擁護するというよりけなされているようにも思える。
牧野ッ!
初めて会った頃からお前は俺に反抗していたが、今は最初の頃の数倍のエネルギーで向かって来るよな。
可愛くねぇぞ。
「牧野さん、慣らされちゃだめだよ。
自分は気が付いてないの、周りから見たら危ないって思うこともあるんだから、このまま行ったらストーカーされちゃうかもしれないよ」
この女ッ!
俺がストーカーってッ!
まあ似たようなもんかもしんねけど、牧野は絶対嫌がってねぇんだよ。
「大丈夫、私もすべて言いなりってわけじゃないし」
牧野ほど俺に刃向うやつはたぶんいないって俺も思う。
ムカつくことは多いが、嫌いだと思う感情は不思議と沸いて来ねぇし。
俺に反抗する牧野も、時々素直になって甘える牧野にもいつもドキッとさせられる。
「牧野先輩は、英徳のジャンダルクで、今では英雄なんですよ。
先生も何も言えなかった英徳を牛耳るF4に一人で立ち向かっていったんですから。
なぜ対立してたF4」のリーダーの道明寺司様と婚約したかは謎なんですけど。
私はなら絶対西門総二郎様なんだけどな」
英徳の制服を来た後輩と思われる女。
遠慮のなさと可愛く見せる仕草を身につけてる感じは牧野をだましていた三条桜子を思い起こさせる。
「だろ?俺のほうが彼氏には良いとよく言われるんだけどな。
牧野だけは違うんだよな」
にっこりと人ごみをかき分けるように姿を現した総二郎。
全く帰るつもりがないのは、俺と牧野で遊びたいからにほからならない。
ニンマリと俺に見せる笑みはからかう要素が満載の笑み。
「きゃー、先輩」
英徳の制服の女子にとっては牧野も総二郎も先輩の一色単。
浮かれた声色は牧野の先輩呼びとは違いすぎるけどな。
冷たい雰囲気が総二郎の出現でかなり和らいでる。
牧野のやつもホッとした表情を浮かべた。
俺がそれを見てることに気が付いて口元を隠すように、うつむきやがった。
ムッとしたのはしょうがねぇから、怒った感情を隠す必要も感じない。
「関係ねぇやつが、ごちゃごちゃいう必要はねぇんだよ。
もともと、こいつは俺に会うために会社に来たんだからな」
「ちょっと、会いに来いって呼びつけたのは道明寺でしょうッ。私から会いに来たように言わないでくれる」
愛に恋・・・
告白じゃねぇよな?
牧野の声に反応して想像中。
「何、ぼっとしてるのよ」
不服そうな表情が下から俺を覗き込む。
「別に、喜んでないからな」
「私、喜ぶようなこと言ってないと思うけど?」
「いや・・・お前が愛だの恋だのって・・・
何でもねぇよ」
きょとんと俺をまっすぐに見つめる大きな瞳。
こいつの無防備な表情を見せられると胸の奥がざわついてくすぐったさが体中に広がって落ち着かなくなる。
「こいつらは、ほっといても大丈夫だから、
どっちらかっていううと司は牧野にしつけられてる方だから、パワハラもDVも心配ないんだッて」
総二郎はしっかり若い女二人を取り込んでる。
俺より総二郎に興味のありそうな表情で眺められてる総二郎。
興味を惹きつけるオーラを少しは落とせ。
「牧野が俺をしつけられるはずはねぇだろう」
これでも日本有数の大企業の代表だぞ。
世界を相手に戦ってる俺様がこんなガキ見たいな女にコントロールされてどうする。
「こんなところまで、道明寺が探しに来るから大騒ぎになったじゃない」
「お前が、いなくなるからだろう」
「いなくなってないし」
「相葉や総二郎と遊んでる暇があったら直ぐ俺のところに来ればいいだろうがぁ」
「まだ、約束の時間になってなかったから、少し時間をつぶすつもりだけだったの」
二人で言いあうたびに興奮度から息が荒くなってくるのがわかる。
言い合ってるうちに張り上がる声。
フロアー中に響き渡る声。
俺と牧野の声以外の音はすべて影を潜め、俺たちの息使いと、ごくりとつばを飲み込む音がどこからか聞こえて来た。
異様な空気が俺たちを包みこむ。
遠くから見つめていた一人の社員が俺と合った視線を慌ててそらすように首を斜め45度にまわした。
ここにいたら俺は代表としての威厳が急暴落してしまうんじゃないのか?
俺と言い合える社員ないんて皆無なんだからな。
どうでもいいようなことで牧野と喧嘩してる俺の立場はたぶん今は牧野の彼氏以上でも以下でもないただのガキ。
牧野以外には見せたくねぇし、見せられない。
「来い」
握っていた牧野の手首をただ強く握りしめて最上階に続くエレベーターに向って歩いた。