第5話  嵐は突然やってくる! 1

*強制的に司にパーティーに参加させられることになったつくし。

その会場でなにが起こる?

-From 1-

*珍しく土曜日の朝、俺はいつもより早く目を覚ました。

牧野が朝のバイトは8時くらいには終わると言っていたので、迎えに行って驚かそうと思いついたからだ。

きっとあいつは喜んで俺を笑顔で迎え入れてくれるに違いない。
あいつの家の近くの公園で白いベンチに腰をおろし牧野が通るのを待つ。
俺を見つけて牧野がどんな表情を見せるか想像してたら待っている時間も短く思える。

しばらくして牧野の姿を見つけた。
そしたら、俺の方が表情が緩みにやけてることに気がついた。
慌てて真面目な顔にするために頬に力を入れる。

アイツ・・・何してる。
なかなかすぐに公園に入ってこない。
ここを通らないとあいつの家にはたどり着かないというのに。
入り口付近でうろうろしたり、立ち止ったりとなんだかやけに変な歩き方だ。
牧野の姿を見ていた俺はあいつの足元でごそごそ動く物体に目を奪われる。
一瞬で俺の体が凍りつく。
牧野・・・
犬を連れてやがる。
それも数匹一緒に・・・
俺は思わずベンチからずり落ちてしまった。
「えっ、道明寺こんなところでなにしてるの?」
牧野が俺を見つけて走り出す。
それもイヌの大群・・・
引き連れて・・・
「わーーーー近づくんじゃね」
「ちょっと失礼じゃない!」
「牧野!お前じゃねえ、イ・・・ヌ・・・・犬だ!」
俺は恐怖でうまく言葉が出てこない。
「お前、俺が動物ダメなの知ってるだろうが!」
俺は子犬でも、ネコでも人間以外の動物はてきめん恐怖感が体中に広がる。
牧野はこんなに可愛いのになんて俺を馬鹿にするけど、駄目なものはだめなんだ。
「牧野、お願いだからそこから近づくなーーー」
俺は思わずそばにあった電柱にしがみつく。
「全くなんでこんなに可愛いのにね」
「この子たち家に届けるからここで待ってて、すぐ来るから」
そう言って牧野は犬を引き連れ公園から姿を消した。
俺の鼓動が落ち着きを取り戻したころ牧野が再度やってくる。
「ごめんね、結構犬の散歩っていいバイトになるんだ」とあっけらかんと笑う。
「道明寺にお願いされたの初めてかもね」
「うるせえ、そんな笑うな!」
「誰にも苦手なものはある。お前にもあるだろうが」
「私の苦手なもの?」
「ああ、一つぐらいあるだろうが」
「苦手なものね・・・」
ちょっと考える仕草をして照れながらあいつが答えた。
「しいて言えば・・・道明寺かな」と・・・・。
「それはねえだろう」そう言いながらもつられて俺もなぜか顔が熱くなる。
気を取り戻して牧野の腕をとると一緒に並んでベンチに座った。

-From 2-

「明日俺に付き合え」

突然、目の前の道明寺が開口一番に私に命令口調で言った。

さっきまで犬を怖がってあんなに震えていたはずなのに・・・。

私にお願いして頼み込んでいたおどおどとした態度とは雲泥の差だ。
こんな時のあいつの命令には私に拒否権がないのはすぐにわかる。
「いったい、何?」そう聞くのが精いっぱいだ。
「アメリカの会社で扱っている仕事のレセプションがこっちのホテルで夜に開かれることになっている。それに連れて行ってやる」
「パートナー同伴が条件だから断りはなしだ」
もしかしてさっきの仕返しだろうかと疑いたくなる。
別に連れて行ってもらわなくてもいいんだけどという言葉を危うく吐きだしそうになった。
いつもより強引な切り口の道明寺にダメもとで少しの抵抗を試みた。
「道明寺のお母さんとじゃダメなの?」
「なんで俺がばぁばぁと腕組んで出て行かないといけないだ。それにそのばぁばぁが今回は牧野を連れて行けと言ったんだ」
「えっ、お母さんが!?」
それは思いもよらぬ予想外の道明寺の返事に私は言葉が続かない。
「だから、今回はきっちりと俺の婚約者としての務め果たしてもらうぞ」

戸惑う私の態度にはお構いなしに道明寺はにっこり最高の笑顔を私に向けた。

日曜日の朝、道明寺からの迎えの車で起される。

パーティーまでには半端ない充分な時間があるというのに。

「司様から屋敷までお連れするようにとのことでお迎えにあがりました」と、運転手は事務的に頭を下げた。

慌てて押しなれた携帯のボタンを押す。
「ちょっと、迎え早くない?」
「こっちでいろいろ準備があるから迎えにやった。文句言わずに車に乗れ。いいな!」
私は嫌というまもなく携帯を切られてしまう。
渋々ながら結局迎えの車に乗り込み、自分の家を9時に出る。
いつもいつもなんでこう強引にこと進めちゃうのかな・・・。
あいつの性格は今さら変えられないだろうけど・・・。
人の都合なんてお構いなし!
あいつの悪口を頭の中にいっぱい並べるつもりだったのに、道明寺の屋敷が見える頃には、笑顔で自分を迎えてくれるはずのあいつに、笑顔で応える自分の姿を想像していた。

屋敷に着くと長い廊下を歩き、奥の方の広々と部屋に案内された。
いつものことだが、来るたびにこの屋敷の広さには圧倒される。
いまだに屋敷の見取り図がないと迷いそうだ。
どこから湧いてきたのか数人の女性に私は取り囲まれる。
なに?と思ってる間に、「全身を手入れしますのでこちらに」と一人の女性が私を促す。
言われるままに衣服を脱ぐと、生まれたまんまの姿で簡易ベットの上にうつ伏せに寝かされた。
ふわっと下半身だけタオル地のもので覆われる。
「マッサージを始めます」と声が聞こえる。
いくつもの指の感触がなめらかに私の皮膚を刺激する。
初めて受ける感覚は、気持ちよくて、夢心地てこんなんだろうかとホンワカした気分を楽しんだ。

「結構気持ちいだろう」
「うん」夢の中で返事をする。

ぬっ?なんでここで道明寺の声が聞こえる。
思わず首をもたげ目線を前に向けた。
誰か・・・いる。
紺色のスラックスが目の前に見えた。
男の人・・・。
もしかして・・・。
道明寺?
目線を限界まで上昇させる。
私を見下ろし、にやりとしている道明寺がいた。

ふと、道明寺の視線が別なところにいっていることを感じる。

どこ見てる?
目線の先は私の丸見え状態の胸に注がれていることに気がついた。

「ぎゃーーー、馬鹿!」

私は慌てて、うつ伏せの元の状態に戻った。

「別に減るもんじゃねえだろうが」

「減る!」訳がわかんない返事を思わず返してしまう。

頭の上で道明寺がクスと笑うのが聞こえた。
「今日の夜の為に一流の奴らそろえたから、全部そいつらに任せるんだぞ」
「・・・わかった」
私はもう一度首をもたげ渋々答える。
「俺がここで見といてやる」道明寺は腰をかがめて私に顔を近づけた。
「ヤダ!」私は思いっきり舌を出す。
その舌を包み込む感じに道明寺が私にキスをした。
思わず私は固まって、舌を口の中へ引き戻すことも忘れていた。
「冗談の通じねえ奴」
唇を離して、にこっと短めの笑顔を道明寺が私に向ける。

アッカンベー状態の私に背を向け、道明寺は機嫌良く部屋から出て行った。

-From 3-

軽く昼食を挟んで、つくしの改造計画は夕方近くまでかかった。

「おかしくない?」支度を終えて司の前に現れたつくしは、ちょっと不安げに首をかしげる仕草を見せる。
アイスグリーンのドレスがつくしの華奢なラインを1ミリの誤差もなくぴったりと包む。
「ああ」
ウエーブを人工的にかけた黒髪が肩を覆って、いつもより大人びて見えるつくしに、司は自分の鼓動が急速に動き出し体中に血液が急速にかけめぐる感覚に陥る。
今の牧野を俺以外の野郎には見せたくねえ、このままこいつとふたり・・・
司は自分の思考が別な方向へ行くような感覚に陥った。

「このドレス、あつらえたみたいにぴったりなんだけど」
「当り前だ、お前の為に作らせたんだからな」
司の思いを全く関知してないつくしの言葉が司を現実へとひき戻した。

「えっ、よく私のサイズ知っていたよね。寸法測られた記憶なんだけど・・・」
「変なこと気にするな」
「だって、不思議なんだもん」
ドレスの裾をひらひらさせながらくるっと、つくしは一回転する。
相変わらず色気のねえ奴。
司はふっと一息ため息をつく。
「その、なんだ、俺がお前を抱きしめた感覚でマネキン造らせた。胸の大きさは俺の手のひらの感覚だ」
自分の手のひら見つめた司がニヤとする。
「む・・・・・ねって・・・そんな触らしてない!」
「1度触れば十分だ」
司の言葉は強気だがなぜか顔は耳まで真っ赤だ。
道明寺って・・・
マネキンを私に見立てて・・・
マネキン抱きしめて・・・
このドレス仕立てさせたってこと?
その姿考えて想像しただけで私の方が体中から火が出るような感じに包まれた。
「余計なこと考えないで行くぞ!」
司はつくしの腕をとり、玄関で待つリムジンの中に二人乗り込んだ。

1000人規模の会場では色とりどりのドレスとタキシードに身を包んだ人々であふれていた。
つくしと腕を組みエスコートして現れた道明寺に会場の雑音が止まる。
一瞬の静粛が訪れた後、再度ざわざわと周りがざわめきだした。
人々の好奇の目は道明寺の同伴したつくしに注がれる。
「こけねえようにしっかりつかまれ」司がつくしの耳元で囁いた。
司に言われるまでもなく、緊張感のためかしっかりと司の腕を掴んでないと、つくしは歩けそうもない気分だ。
入れ替わり立ち替わりに挨拶に来る貴賓客に、司はつくしを婚約者だと紹介した。
かわいいとか美しいとかつくしを賛美する声に司は「たいしたことない」とか言いながらも上機嫌だ。
緊張もほぐれて、つくしがにっこりと笑顔を返すことができるようになったころパーティー開始のアナウンスが流れた。

「よっ!珍しいね二人でパーティーなんて」
美作さんがにっこりとほほ笑んでいた。
「牧野、今日はなんか雰囲気違うくねえ」
西門さんがまじまじと私を値踏みするように見つめる。
「かわいいよ」と花沢類
3人の態度がいつもと違うことにちょっと私は照れてしまった。
道明寺は私の横で3人に「牧野をあんまり見るな」なんて叫んでいる。
そんな時、「道明寺司様にお言葉を」とアナウンスが聞こえてきた。
「お前も一緒に来い」道明寺の言葉に一瞬顔がこわばる。
「ヤダ、それだけはゆるして」甘えた声で言ってみた。
「今回だけだからな」渋々ながら道明寺は一人舞台へと向かう。
「牧野の面倒はちゃんと見といていやるから」と美作さんが道明寺の背中に向かって叫ぶ。
その声に反応して、くるっと向きを変えた道明寺が私たちの目の前に帰ってくる。
「牧野に触んな」と言い放つと再度くるっと向きを変え大股で舞台の上へと上がって行った。

「牧野、司の操縦法うまくなってねえ」
「えっ!別に普通だよ」
「あいつがすんなり牧野連れて行くの諦めるなんて今までならあり得ねえよな」
「暴れる牧野を横抱きで連れて行きそうなパターンなんだけだな」
美作さんと西門さんは言いたいこと言い合って意味深に、にやりと笑っている。
「そんなに、牧野をからかうな」花沢類は相変わらずやさしく助け船を出してくれる。
「私、ちょっと飲み物もらってくる」
この雰囲気にいたたまれなくなった私は逃げるようにその場を離れた。
舞台の上では道明寺がマイクを持ってあいさつを始めていた。
私はジュース片手に、込み合う人波を避けるように会場の隅っこの壁に寄り添って立つ。
しなやかな身体で上質のシルクのタキシードを嫌みなく着こなし、ライトを浴びて立つあいつは一瞬のうちに会場の注目を一身に集めていた。
臆することなく挨拶を続ける道明寺がすぐに私に気がつきやさしい目で私を見つめた。
こんなところでも私をすぐに見つけてくれるんだと思ったらうれしくなって、「頑張って」と必要ない声援を声を出さずに送ていた。

「やあ、この前をどうも」
私の視線をさえぎるように長身の男性がいきなり現れた。
「早・・・・・川・・・さんでしたっけ?」
「やっぱり、覚えてくれていたんだ。うれしいな」と男性はにっこり笑う。
2週間ほど前、無理やり大学の友達に参加させられた合コンの男性陣の一人だと思いだす。
「この前は、なにも話せずに終わってしまって残念だったよ」と、またまたにっこり
「別に私は残念ではなかったですけど」
愛想なく私は視線を道明寺に移した。
舞台ではまだ道明寺の挨拶は続いてるようだ。
「なんかこの前よりそっけなくない?俺、そんなに悪い男じゃないよ」と、すがすがしい笑顔を私に向ける。
普通ならこれで相手の女性はにっこりほほ笑みを返すのだろうけど、私にはそんな余裕は全くない。
「私、失礼します」と早川を睨みつけた。
こんな場面、道明寺に見られたらこの前の騒ぎどころじゃすまないと頭の中の危険信号がちかちか点滅を始めている。
「もしかして、俺といるところ彼氏に見られたらまずい・・・とか?」

歩き出すつくしの腕をとり早川が耳元でそっと囁く。
「えっ?」思わず立ち止まって早川の顔を見入ってしまった。
「まさか君に彼氏がいたなんて思ってなかったけど、俺て結構、人のものだと燃えるタチなんだよね」
「その相手が天下の道明寺財閥の御曹司とくれば、なおさらだ」とウインクされた。
なに言ってるのこの人?
燃える・・・て・・・なにが燃える?
早川の真意が分からず私は次の言葉が出てこない。
「てめえ、なに気易く話しかけてるんだ」

いつの間に来ていたのか道明寺が拳を握りしめ私の目の前に立っていた。

-From4-

舞台そでからあいつらとなにやらにこやかに会話を続ける牧野をしばらく目で楽しむ。
やっぱこの会場にいる女の中じゃ牧野は断トツでかわいいと本気で思った。

あっ、あのはげジジイ、今、牧野の腕に当たりやがった。
牧野は頭を下げて謝っている様子だ。
わざとじゃねえだろうな。
牧野の腕に青あざでも付けてみろ、その脂肪の塊みたいな腹に蹴りいれてやる。
あいつらもちゃんと牧野をガードしとけ!
右横のテーブルにいる奴、さっきから牧野のこといやらしそうな眼をして見てねえか?
牧野をそんなに眺めていいのは俺だけだ!
見るなーーーーと、心の中で叫んでみた。

なんで俺、舞台に上がってまでこんな想いしなきゃいけねえ。

今日は牧野を飾りすぎちまったか?
あいつが嫌がっても暴れても舞台まで一緒に連れてくるべきだったと後悔した。
よし、すぐに挨拶終わらせてそのあとは、絶対俺のそばから離さないからな。
覚悟しとけ!て・・・牧野には聞こえないか。

ふと視線を牧野に戻す。

えっ?類に総二郎にあきら?牧野がいねえ?

あいつ・・・どこ行った?
迷子になるだろうが!
俺って何の心配してる?

口では「本日は道明寺主催の~~~」とホストとしての挨拶を言いながら、頭では牧野を追いかけている。
俺って、結構すごくねえか!?

おっ、いたいた、あんな隅こっで俺を見ていやがる。
「がんばって~」なんておれに声援送ってよこしやがった。
こんぐらいの挨拶俺にはたいしたことねえのによ。
照れるじゃねえか。
駄目だ、顔がにやけてきた。
俺は頬に力を入れ真面目な顔を作って挨拶を続ける。

ふと、牧野に言い寄る若い男が目に入る。
男の背中で牧野の表情は見ることができねえ。
きやすく牧野に話しかけやがって、それも俺がそばにいない間に!
いい度胸じゃねえか!

不愉快な気分が俺の眉間のしわを増やす。

気がつくと手のひらに痕がつくほど拳をギュッと握りしめていた。

どこでどう挨拶を終わらせたか解かんねえうちに俺は頭を下げ舞台を降りる。
人込みを押しのけ、話しかける招待客を無視して牧野を目指した。
気がつくと牧野に言い寄る男の肩をつかみ、拳を上げている俺がいた。


俺は振り上げた拳を、にやけた笑いを牧野に向ける軟弱男に思いっきりお見舞するつもりで力をいれた。

?????????

腕が動かねえ?

首を横に向け自分の腕を確認した。

俺の両腕に絡みつく二つの細い腕。

「なにしてる?」

その下で牧野が必死の形相で俺の腕にぶら下がっていた。

「いや・・・なんか道明寺の腕にぶら下がれるかな・・・なんて思って・・・」

さすがの俺もこの状態じゃ上げた拳を下ろすしかなかった。
お前・・・なんで勝手に人の腕で鉄棒やってる?
タキシードで決めたいい男に、イブニングドレスのしとやなはず?の女性がぶら下がってるて・・・
普通ありえねーぞ。
俺はさっきまでの腹立たしさを一瞬忘れてしまった。

「道明寺!あんた今日のパーティーホスト役でしょう!招待客殴ってどうすんの!」
周りを気にしてにこやかな表情は作ってはいるが牧野は俺を睨みつけてる。
ざわついた会場も波が引くように元のにぎやかさに戻って行った。

「おいおい、あんまり牧野困らせるなよ」
騒ぎを聞きつけた類達がようやく司とつくしの間に入り込む。
「別に困らせてなんかねえ、あいつが牧野にちょっかい出してるからだろうが」
司は、相変わらず牧野の1メートル範囲にいる目障りな男を睨みつけた。
「そもそもなんでお前らが牧野のそばにいねえんだ!」
「てめえらが牧野から目を離すからこんな奴が湧いてくるんだろうが」
「おぉぉぉぉぉ、今度は俺らに八つ当たりか」
「ちょっと待て・・・」険悪になりかけたあきらと司の間に総二郎が待ったをかけた。
「俺・・・こいつ・・・見覚えあるぞ」
「この前の牧野の合コンにいた奴だ」
「そうだよな、牧野!」
まったくなんで覚えていなくていいこと覚えてるかなと、つくしはバツの悪そうな思いになる。
西門さんて女性以外は目に入ってないと思っていたのに・・・
確かめるようにそれをなぜ私に振る!と、つくしは総二郎を怨みたくなる。
このまますんなり収まると思っていたつくしの思惑が外れたことを、怒りで肩を震わせて無言で立っている司が教えている。

やばっ・・・
このまま私はこの場所から立ち去る方が良くないかな・・・
でも・・・
このまま道明寺を置いて行ったら手がつけなくなる可能性も・・・あるよね?
F3にお任せ!
なんて・・・無理なことが3人の表情を見れば解かる。
しかたなく、私は道明寺の手をつかむと人のいないテラスへと引っ張っていた。

無理やり私に引っ張られる格好の道明寺だが、抵抗するわけでもなく、やけに素直についてくる。
珍しい、と思ったその時。
背中から鋭い低い声が聞こえてきた。
「本当か?」
「えっ」
道明寺に一回転させられ面と向かう格好にさせられた。
「本当にあいつ、この前の合コンにいたのかよ」
私の両腕を掴みかかり私が逃げ出せないような体勢を道明寺は作っている。
「うん・・・まあ・・・いた」と私は素直に認めるしかない状態だ。
「なんでそいつがここにいるんだ!」
「さあ・・・それは解かんない。ここで会ったのも偶然で・・・さっきもちょっと話しただけだし・・・」
「そんなんで俺をだませるて思ってるのか!」
「イッタッ」
道明寺に掴まれた腕に思いっきり痛みを感じる。
だますって・・・・
私は何もしてないし・・・
なんでこんなに道明寺に睨まれなきゃならなんだろう。
「別になんでもなんだから、離して!」
私は思いっきりあいつの手を振りほどいた。
道明寺のこめかみにくっきりと青筋が浮かぶのがわかる。
「お前は隙がありすぎるんだ!警戒ってもんがねえ!」
「この浮気女!」
浮気!浮気って・・・してるはずないじゃない。
なんでそこまで言われなきゃいけない。
そんなこと言われて私が傷付かないとでも思っているのだろうか。
「この鈍感男!馬鹿男!」
道明寺を落ち着かせるつもりでテラスに連れてきたはずだったのに、私の理性がプッンと音を立てて切れてしまった。
そう言いながらも冷たいものが頬を伝うのがわかる。
「もういい。しばらくあんたの顔なんて見たくないから帰る」
「花沢類、私を送って行って」私と視線があった類の腕をつかむと、道明寺に私は戸惑うことなく背中を向けた。

-From 5-

なぜあいつが泣く?

総二郎もあきらも責めるような眼で俺を見てやがる。

類に至っては「今回は司が悪い」と言って牧野について行きやがった。

泣きたいのは俺の方じゃあないのか?

それも全部あの牧野に言い寄ってた軟弱男のせいだ!
その原因もいつの間にかそこいらには姿が見当たらねえ。

すぐに牧野を追いかけようと思ったが総二郎とあきらが俺の前に立ちはだかり、牧野をガードしやがった。
「お前ら、どけ!」
いつもならすんなり飛び退くはずのこいつらがびくともしねえ。

「牧野、知らないおっさんにも必死で笑顔作って、話合わせて、道明寺に恥かかせらないって一生懸命で、すごいけなげで、俺達はすげーお前が羨ましく思えた」
「なのに司、お前はなに?牧野に近寄る男に嫉妬して、牧野をなじって、少しは大人になったかと思っていたけど、タダのガキじゃねえか」
「今回は俺らも牧野の味方だからな」
俺は反論することもできず拳を握りしめる。
こいつらがまともに説教始めた時はかなり本気だということは昔から経験済みだ。

牧野のドレス姿にときめいて、一瞬垣間見えるしとやかな女性らしさに戸惑って、あいつに近寄る男が全部敵に見えて気が気じゃなかったのは否定しない。
今日のあいつはいつもよりかわいくて、輝いていて、一瞬でもその笑顔が別な男に向けられるのが許せなかった。
「やっぱ、俺って・・・ガキか・・・」
牧野が俺の為に必死で頑張ってくれたた事実、こいつらに聞くまで気がつかなかったもんな。
なんだかやけに自分が情けなくなってきた。

「あ~あ、このままだと類に慰められて、牧野の気持ちがまた類にいったりなんかして」
「『牧野、あんなガキの司のことなんか気にするな、俺ならお前を泣かせたりしない』なんて牧野の肩抱いたりしてな」
こいつら・・・
俺が冷静さを取り戻して怒りが収まったことを承知で今度は小芝居始めやがった。
「俺、牧野連れ戻してくるわ」
「ちゃんと謝れよ」
かけだす俺の後ろであいつらの声が明るく聞こえた。

-From 6-

「牧野、大丈夫?」
入り口の扉を開け花沢類と二人会場の外に出る。

会場のにぎやかさが一瞬のうちに遮断され、別世界のような静けさが広いロビーを包んでいる。
周りは人影もまばらで二人に視線を移す者もいない。
近くのソファーにそっと私を座らせると花沢類はポケットからハンカチを取り出し渡してくれた。
「ありがとう」受け取ったハンカチを両目にあて涙をぬぐう。
「なんだか、変なことに巻き込んじゃってごめんね」と笑顔を作った。
「別に、いつものことだし・・・」
「今頃、司て真っ青になってるんじゃない?まさか牧野を泣かせるなんて思ってなかっただろうしね」
私の横に座った花沢類がポンポンとやさしく頭を叩く。

私も泣くつもりはなかった。
今日のパーティーは、私が思っていた以上に緊張していたのだと思う。
全身を着飾って、履きなれないパンプス履いて、知らない人に話合わせて、私は思いっきり背伸びをして道明寺の婚約者という役を演じていたのだ。
それもこれも全部道明寺の為だと頑張っていたのに・・・。
あいつの私をなじる言葉でその緊張の糸が切れて、涙が出てきたのだろう。
普段ならあいつになじり返してパンチの一発でも入れたら収まるはずだから。
それでもやっぱり私の苦労なんて1ミリ程度も分かっていないあいつの顔を思い浮かべると無性に腹立たしく思えてきた。

会場を飛びだした俺は牧野の姿を探す。

ロビーの片に隅置かれた茶色のソファーに座り、類に慰められている雰囲気の牧野を見つけた。

あいつのさびしそうな背中を見ていたら、自分の子供じみた嫉妬心があいつを泣かせて傷つけたと今さらながら思い知らされた。

「牧野!」

勇気を奮い立たせるように愛しい恋人の名を呼ぶ。

濡れた瞳であいつが俺を見つめる。

なんか・・・

さっき感じたよわよわしいようなさびしそうな感じが一瞬で消えていた。

「さっき・・・顔、見たくないて言ったよね」

とげのある言葉を返してきやがった。

「まあそう言わず司の話聞いてあげたら、謝るチャンスあげないとね」

類がソファから立ち上がりながら俺の肩にポンと手を置く。

どいつもこいつもさらりと俺の手助けをしてくれるおせっかい野郎達だ。

うまく行ったら今回だけは感謝してやっか。

「また、泣かせたら本当に俺が牧野送って行くからな!」

そう言い残して類は会場に戻って行った。

俺は牧野の横にそっと腰を下ろす。

「俺、このままお前を帰したくない。類に送らせるなんて絶対させられねえからな」

牧野は俺に顔を横に向けたまま全く見ようとしない。

「私・・・好きで言い寄られてた訳じゃないからね」

「・・・分かってる」

「私のことで道明寺にヘンな傷ついたら嫌だから・・・」

「頑張ってくれてたんだろう?」

「あいつらに聞いた。気使わせてごめん」

「えっ」

牧野が思いっきり驚いた顔で俺に振り向いた。

「んっ?どうした?」

「道明寺が・・・ごめんて・・・謝ったから・・・」

牧野が上目使いで大きな瞳これ以上に開かねえくらいに開いて俺を見つめる。

その瞳の中に俺しか映ってねえことにどれだけ俺がドキッとするかなんて、こいつはしらねえだろうな。

俺の右手が自然にあいつの髪の毛に触れる。

牧野の匂いを確かめるように・・・

俺の胸にあいつを引き寄せるように左手が動く。

そしてこいつの存在を確かめるように思いっきりやさしく甘い香りを吸い込んだ。

「ちょっと、人に見られちゃうよ」

俺の胸の中でいつものようにバタバタ暴れだしやがった。

相変わら往生際の悪い奴だ。

いい加減学習したらどうだと思いたくなる。

「見せつければいいじゃん」

牧野が動けねえように両腕に力を込め限界まで体を密着させる。

俺の胸にうずめていた顔を息苦しさからか逃れるように牧野が顔を上げた。

この体勢て・・・

キスを男にねだっているようなもんだとこいつには解かんねえだろうな。

俺の場合ねだられなくても強制的にキスはしたくなるもんだけどな。

息が触れ合う感覚を楽しんで、そのあと思いっきりあいつの唇を奪ってやった。

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