第11話 花に嵐のたとえもあるが・・・ 1
*-From 1-
久しぶりの道明寺とのデート。
珍しく映画館で恋愛映画を見た。
道明寺と映画を見るなんて初めての経験。
楽しみにしていた。
貸し切りにすると言った道明寺を説得するのに時間を労したのを差し引いても十分に楽しめる筈だった。
映画を見ながらもこれなら俺のうちで見る方がよっぽどましだと道明寺は愚痴る。
周りはカップルばっかりでイチャイチャの甘い空気が漂っている。
「彼氏と映画館でデートするの夢だった」
私の言葉でなんとか道明寺の気分を盛り返す事に成功した。
映画の最中に道明寺の腕が私の肩を抱き寄せる。
場面も主人公達のラブシーンが流れて最高潮の盛り上がり。
「負けられねっ」
・・・て・・・
ドラマの相手と競ってどうする気だ。
思わず肩に置かれた腕を振り払って周りを見渡せば、どこもかしこもベタベタで・・・
それ見て「負けられねぇだろう」って、悪戯っぽく道明寺がニンマリとする。
「映画に集中!」
・・・
・・・・・
できる筈なかった。
映画館を出た後はなんの余韻が残っているのか・・・
ベタベタ触りまくりの感触に疲労困憊はちょっと大げさか・・・
なんとか映画の内容だけは覚えてる。
「面白かった」
道明寺が満足そうに笑みを浮かべる。
なんだその感想?
涙を誘う感動の恋愛映画って、ふれこみじゃなかったかこの映画。
話を変えないと疲労困憊が上乗せされそうな雰囲気。
強引に映画の内容に話を進める。
「出会いは偶然、別れは必然て・・・セリフが良かったよね」
「最後はハッピーに終わってよかった」
全くハラハラさせる恋愛映画だった。
なにかと邪魔の入った自分たちの高校時代と重ね合わせて力が入ったんだよな。
「俺とお前の場合は出会いは運命。別れは・・・ねぇ」
言った先から照れてる道明寺がこそばゆい。
「でもさ、私達もあぶなかったよね」
波乱万丈。
なかなか普通の恋愛では味わえない醍醐味。
・・・と、記憶の中に付け足した。
「高校の時、道明寺がNYに行って連絡なくて、会いに行ったら道明寺に冷たく振られた」
「そうだったか?俺は振った覚えはねェぞ」
あの後・・・
どれだけ私が落ち込んだと思っているのか、本気で言っている態度は怒りを通り越してあきれてしまう。
私の初めての海外旅行。
いい思い出は全くなし。
「お前の方こそ俺様を二度も振ったじゃねえぇか」
「・・・」
なぜに自分の事はそう覚えてる。
「バレンタインの時チョコもらえるかとウキウキで待っていたら土星のネックレス返してきて、もう遅いって言ったよな」
「あの時は類とお前をとりあっていたはずだ」
不機嫌に道明寺が言い放つ。
「雨の中でもう終わりにしようて言われた」
「あれ以来、雨は好きじゃない」
「・・・・」
あの時は本当に身体よりも心がびしょ濡れで私もつらかった。
記憶喪失になって私を忘れられた時はもっとしんどかったぞ。
いったい何回私を泣かせたと思っているのか。
「その発端は全部道明寺でしょう」
昔の話をむし返して機嫌を損ねるなッ。
いつも花沢類が出てくると不機嫌さが増倍するから始末が悪い。
「・・・でも、それを乗り越えたから今があるんだよね」
道明寺の嫉妬だけは相変わらずだけど。
言わせてもらえればそこだけが難点だ。
今は幸せだし・・・
問題もないし・・・
二人の仲は順調そのもの。
今この時間を大切にしていこう。
道明寺の指にそっと指先を絡めてほほ笑んで見つめていた。
映画の中で花沢類が最後に言ったセリフ。
「花に嵐のたとえもあるさ、さよならだけが人生だ」
いつかは小説の題材で使いたいと思っていました。
勧君金屈巵 満酌不須辞 花発多風雨 人生足別離
有名な唐の時代の干武陵が作った五言絶句
この杯を受けてくれ
どうぞなみなみ注がしておくれ
花に嵐のたとえもあるぞ
さよならだけが人生だ
井伏鱒二氏訳するところの「歓酒」で有名になりました。
原詩の後半2行は,どんなに綺麗な花が咲いても風雨(嵐)で散ってしまう
また、どんなに親しき友も、何時かは別れ別れになってしまうと解釈できます。
原詩の前半2行は、後半の2行の避けられない宿命が待っている。
だからこそ君に黄金の杯を勧め、なみなみと注ぐのを断らないでくれ。
今この二人の時間を大切にしようという意味そうです。
さよならだけが人生だから、今この出会い、時間を大切にしよう。
よいことは邪魔が入りやすいとの意味とも。
今回のお話はどんな邪魔がいることか♪
続きは 花に嵐のたとえもあるが・・・2 で