HAPPY LIFE 1

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-From 1-

後期司法修習もおわり晴れて念願の弁護士となれた。

松岡公平は検事となって「対決あるかもな」なんて冗談めかしに言って別れて早2ヶ月が経過している。

私はそのまま実務先の道明寺本社ビル内の顧問弁護士事務所にそのまま根を下ろし居座っている。

人間関係が最高で下手に気を使わなくてすむと言うのが第一の理由。

一緒にビル内にいるのは安心できるとは道明寺の言い分だ。

同じビル内にいると言うのに幸か不幸か道明寺と顔を会わせることはあまりない。

まだ中途半端な雑用主体の新米弁護士だがこれでも結構忙しい。

最近は出勤、帰宅もてんでバラバラ。

道明寺と会えるのは夜の数時間。

世間一般と比べても二人の時間が突出して短い訳ではないのだが、付きまとわれ過ぎに感じていた実務修習時代が懐かしい。

社員食堂での道明寺出没も今では伝説化している傾向にある。

久しぶりの週末。

ゆっくり出来ると思いきや「仕事が入った」と午前中から置いてきぼりを食っていた。

それはそれで助かるんだけど・・・

ここ数日どうも調子が出ない。

一つの事を考えこんで気になって仕方がなかった。

規則正しい生理が遅れている。

考えられるのはただひとつ。

やっぱりこれしかないよな。

それ以外の気がつく変化はないんだけれど・・・

妊娠初期は眠気がきたり、食べ物の好みが変わったり、微熱傾向が続くとか保体の授業で習ったのはもう随分前だ。

排卵とか生理とか赤ちゃんの発育なんてもっと真面目に聞いておくべきだった。

慌てなくても情報なんてあふれすぎるぐらいあふれているけど。

つわりもまだ未経験。

本当に私の体は変化してるのか疑惑の域を脱してはいない。

1週間を経過して2週間を経過した頃ようやく間違いなさそうと行動を移す。

ここ数日道明寺の相手をする気にもなれずごまかし気味で夜を過ごす。

昨日は結構ふてくされて寝てたんだよな道明寺。

「俺に飽きたのか」なんていったいどこからの発想か。

トイレの中、薬局で買い求めた妊娠検査薬をじっと見つめる。

まずは尿をかけて30秒ほど置いて確認するのか。

赤い線が出てきたら陽性。

それが妊娠していると言うことなのね。

じっくりと説明書を読んで使用するって久しぶりの感覚。

スティックの表示される部分をじっと見入る。

で・・・でた。

赤い線がはっきりと見えた。

うれしい気持ちがこみ上げてニンマリしてしまってた。

弁護士の資格を取った後のタイミング。

修習が終了した後で妊娠するなんて、生まれる前から親孝行な子だ。

きっと世話が焼ける道明寺にかわって気を使ってくれているに違いない。

早くしっかり病院行って診てもらて確認しないといけないよな。

運よく道明寺もいないし、今日は土曜日だし今しかないと思い立つ。

でも産婦人科なんて行ったことないし・・・

知らないし・・・

どうしよう?

一人で行けるか?

行くしかない!

今日を過ぎればいついけるか分かんないし・・・

はっきりする前に道明寺に教えたら大騒ぎになりそうで嫌だと心を決めた。

予定日は来年の初め。

家族が増えるのは楽しみだ。

さて、どうやって道明寺に打ち明けようか。

子供ができたとうち明けたらどんな反応を見せるだろう。

驚いて喜んで飛び上がる?

想像するだけで幸せだ。

携帯より直接だよな。

今日はいつ帰ってくるんだろう。

そわそわと落ち着かなく部屋で待つ。

突然運転手の里井さんに道明寺が待っていると普段着のまんま車に乗せられた。

そのまま飛び乗ったヘリコプターにはこれまたラフな格好の道明寺。

「いいところ連れてってやる」

昨夜の不機嫌は見当たらずご機嫌気味に道明寺が笑っている。

しばらくして下を見るように道明寺が目線で示す。

島?

「ここって・・・」

「俺達がサバイバルした思い出の島」

「あれから1年以上たったんだよな」

互いに想いを見つめ合って確かめ合った。

喧嘩して、泣いて、抱きしめあった思い出の無人島。

「今日ここで夕方までしばらく過ごそう」

「最近元気なかったろう」

「ここは俺達の原点だ」

降り立つ砂浜。

足首に当たる波の冷たさと道明寺のやさしさが心に染みいる。

海岸線に流木を集めてHELPの文字を作った1年前。

今はLOVEて文字を二人で作る。

「なあ、そういや お前の夢聞いてなかった」

浜辺に文字を書きながら道明寺が私を振り返る。

「今でも道明寺は私以外に大事な人は本当にいない?」

「はっ、当り前だろう、寝言は寝て言え」

「これからもずーっと?なにがあっても?」

悪戯っぽく聞いてみた。

「確かあの日ここで誓ったけど、今ここでさらにダメ押しで誓ってやっても何の問題もねぇ」

バカなこと聞くんじゃねぇみたいに道明寺の声が微かに上ずる。

「でも私は2番目でもいいかもなぁ」

「なんだよそれ・・・」

戸惑って、焦った表情を道明寺が作る。

「私も道明寺は2番目に大事な人になっちゃうかもなぁ」

「おまえ・・・なに言ってんだよ」

道明寺の反応があまりにも予想通りで私の心をくすぐる。

おかしくって自然と笑顔になった。

「大きくなって俺様にはなりませんように!」

道明寺を横目でチラッと見て海に大声で叫ぶ。

「あっ?」

「でも・・・クルックルパーマでもいいからねッ」

疑問符を顔に張りつけた道明寺を無視してもう一度大声を上げた。

「えっ?」

道明寺のとぼけた顔には疑問符が二つ三つ増えている。

「私の夢も叶ったよ」

満足そうにお腹の上を手でさする私の仕草にようやく理解して道明寺の表情が驚いたように崩れた。

「ありえないッーの」

叫んで私の側に駆け寄った道明寺が満面の笑みで私を抱き寄せた。

 

-From 2-

ひと抱えもある書類をもって見なれた顔が俺の前を歩いてる。

さっきから、どうも俺の事は気がついてないらしい。

「バカ、重いもん持つな!」

早足で横に並んで書類を取り上げた。

「道明寺・・・」

「ここ10階だけど・・・なにしてんの?」

「俺がいちゃ悪いのかよ」

「最近うろついてないでしょう?」

人を迷い犬みたいに言いやがって、お前の様子が気になって見に来たなんて言えなくなってしまってた。

すれ違う社員が凝視して俺達を見て固まった。

「みんな道明寺がいるから驚いているよ」

ちげーよ

俺に荷物持ちさせているお前に驚いているんだろうがぁ。

俺に荷物もたせて当り前の様な顔して歩いてる。

そんな奴は二人といねぇよ。

書類をもってつくしの横にいる俺は秘書の気分だ。

つくしから重そうな書類を勝手に取ったのは俺だけど。

妊婦に重いもの持たせるな。

常識じゃねぇの。

つくしの世話をやいてる俺。

何気にうれしさがこみ上げる。

「俺らを見て代表は嫁さんの尻に惹かれてると思われてるかもなぁ」

わずかに頬が緩んだ。

「それ言うなら敷かれてるでしょう!」

相変わらずバカなんだからと口元が動いている。

聞こえてるんだよ。

今はそれぐらいおおめに見てやる心の余裕。

「なにか用事があるの?」

少し困ったように顔をゆがめるのは気のせいか。

「お前の上司に話がある」

「なに?まさか・・・あの話?」

「しっかり報告しとかないといけないだろう」

「それで、なんであんたが出てくんの!?」

完全に邪魔だと言う様な態度がにじみ出る。

「そのくらい私が自分でできるよ」

「恥ずかしいから止めてよね」

旦那が妊娠報告に来るなんて考えられないとつくしは口をとがらせる。

お前のお腹の子は俺の子だ。

普通じゃないのは当たり前じゃねぇか。

つくしが帰れと俺から書類を取り戻そうと手を伸ばす。

「とにかく事務所に顔を出す」

「こんな荷物は妊婦にもたせられねぇだろう」

「見た目は分かんないよ。変な事は同僚に言わないでよね」

「言ったら実家に帰るからッ」

本気の顔で睨まれた。

最後の拒否権はいつもこいつだ。

あれこれたわいないやりとりのうちに事務所にたどり着く。

「つくしちゃん悪いね」

事務所の中に入り込んだ俺達二人を甲斐が軽い調子で振り返った。

つくしに書類をもってこさせたのは甲斐のやろうかぁああああああ。

「てめぇ、つくしを重いもんもたせるんじゃねぇ」

ドンと勢いよく音をたたて書類を甲斐の目の前に置いてやった。

「どうみょうーーーじッーーーー」

つくしにギロッと睨まれる。

その目はそれ以上喋るなとくぎを刺している。

だからってここで引き下がれる訳はない。

俺はお前と、お腹の子供を守る!

妊娠をお前から聞いた時からそう決めたんだ。

「これから先・・・箸より重いものをつくしに持たせるな!」

強張った顔で甲斐がコクリと頷いた。

「代表が事務所に来るなんて久しぶりですね」

場の雰囲気を明るく変える様なほほ笑みを松山玲子に向けられた。

「なにかご用でも?」

なにか感ずいたような不敵なほほ笑み。

どうも年上の女は苦手だ。

「べ・・・べ・・べつに・・・ただ偶然会って、荷物をもってくれただけです!」

焦って、どもって、つくしが挙動不審になっていた。

 

-From 3-

「つくしちゃん正直だもんね。嘘つけない」

玲子さんに屈託ない笑いを向けられる。

道明寺の所為だ。

うれしいことだから喋りたいのはやまやまで・・・

隠すつもりもないのだけれど・・・

本当はもっと自然に知らせるとか、ばれるまで待つとか考えていた。

喋らせられる雰囲気はどうも気が引ける。

「あの・・・実は・・・」

ゴクリと唾を飲み込んだ。

へんに緊張してしまってた。

「あら!代表来てたんですか?」

奥の部屋から岬所長がタイミング良く顔を出す。

「司君おめでとう、良かったわね」

おめでとう・・・

オメデトウって言ったよな?

穏やかな表情で岬所長が私ににこやかにほほ笑んだ。

岬所長は知っている!?

知っている?

なんで?どうして?

私はまだ道明寺にしか喋ってない。

目を見張って岬所長の顔を穴があくほど眺めていた。

「楓さんから直接電話があって聞いたのよ」

「あなたに無理させないように頼むって」

楓さん?

楓・・・

道明寺のお母さん?

・・・。

・・・・。

所長と道明寺のお母さんは大学の同期生で今でもツーカーの仲なのを思い出す。

話の出所はどう考えても道明寺以外あり得ない。

「おふくろも喜んでいた」

崩れた顔で道明寺がほほ笑んだ。

騒がれたくないから安定期に入るまでは内緒にしとこうって言ってなかったか?

昨日の今日だぞ!

「もうしゃべったの?」

誰に?どれだけ?喋ってるのか。

おふくろに、西田に、タマに、姉貴に、総二郎、あきら、類も知っているって・・・

お前の知り合いにも連絡していたぞと両手の指を折り曲げても足りない勢いで道明寺が名前を次々に上げている。

「うれしかったから携帯かけられるところは全部連絡した」

「もうほかにないか?」

照れくさそうに笑って満足気に言い放つ。

少しは私に楽しみをとっておこうという気遣いはないのだろうか。

大体の事情を察知したようで事務所内はおめでとうの言葉であふれ出す。

「もっと早く教えてくれればよかったのに」

玲子さんに握手をされて抱きしめられた。

妊娠が分かったのは2日前。

結構速攻でばれたと思うのだけれども・・・

「産休までよろしくお願いします」

とってつけたように慌てて頭を下げた。

「お前・・・働く気なの?」

真顔になって呆れたような表情を道明寺が作る。

「当り前でしょう」

「あたりまえって・・・妊娠してるんだぞ?」

鼓膜が破れそうなくらい耳元で叫ばれた。

「だから?」

「だからって・・・なにかあったらどうする気だ?」

「大丈夫だよ、体力には自信あるし」

「俺の子だぞ!」

「道明寺の子供だからなおさら丈夫だよ」

私たちのやりとりを距離を置いて事務所のみんなが見つめている。

私たちの言い合いに手出し、口出しするのはあほらしいと学習されている節がある。

「みんな仕事に戻って」

パンパンと岬所長が手を打つ。

「もう!その話は今度、早く戻らないと西田さんが困るよ」

グーッ・・・・

言葉に詰まる道明寺。

思案する部分があるのは間違いない。

この場所にいなくても西田さんの存在は絶大だと感謝する。

「つくしちゃん行くよ」玲子さんに声をかけられた。

今日はこれから玲子さんの受け持つ裁判の見学をする予定だった。

何事も勉強中の新米には大事な体験だ。

「どこに行く?」

「裁判所」

「何の裁判?」

「傷害事件の裁判」

急ぐからと道明寺の腕を振り切る。

「胎教に悪いじゃねぇかぁーーーーッ」

後ろから道明寺の叫び声が響いていた。

続きは HAPPY LIFE 2

第2話のお話は短編で書いたHappy life につながるお話と考えています。

もう少し1話と平行してお話をぼちぼちとUPしていくつもりです。

いかがでしょうか?

お気に召しましたらプッチと一つおねがいいたします。

拍手コメント

赤零様

コメントありがとうございます。

続き頑張ります。

さとしょう様

ご訪問ありがとうございます。

暖かいお心使いのコメントありがたく読ませていただきました。

感謝いたします。