幸せの1歩手前 1
*心地よい風がそよぐ4月。
まっさらの新鮮な気持ちで地上に降り立つ。
コツコツと響くパンプスの音。
軽快なリズムは気分を軽くする。
頭上はるか上にそびえ立つ東京都内の道明寺グループ自社ビルの前。
「ヨシ」と一つ自分に気合を送った。
行きかう人々が深々と頭を下げて足早にビルの中へと消えていった。
見られていたかと確かめる様に周りをきょろきょろと泳ぐ視線。
これでも見られることへの免疫は少しずつ上昇してると思いたいがこんな場合は道明寺が側にいないと落ち着けなくなる。
視線の合った知らない男の人が慌てた様に視線を反らして頭を下げた。
つられる様に頭を下げる。
頭を上げたときには男の人の姿はコツンと消えていた。
目立つから一人で先に行くと道明寺を待たずに車に乗り込んだ。
ふてくされているに違いない顔を思い浮かべて打ち消すつもりで目を閉じた。
これでは、あいつの機嫌をそこなってまで一人で来る必要はなかったみたいだ。
華やかなあいつがいなくても私の顔はばれているんだと気が付いた。
半年前のバカみたいな騒ぎ。
社員食堂で食事をする代表。
会社中に飛び交ったメール。
暇を見ては顔を出した10階の弁護士事務所。
最上階より10階で代表を見かける可能性が高いとささやかれた噂。
道明寺見たさの女子社員のスポットになってしまってた。
沈着冷静。
クール。
切れ者。
近寄りがたいというイメージはやや崩壊気味。
「代表が機嫌が悪ければ奥様の陰に隠れろ」
会社のお偉方の合言葉になってるらしい。
「ねこにまたたび、代表につくしさま、ということらしいです」
「私も御利益をいただきました」
そうにっこりほほ笑んだのは西田さん。
初めて西田さんが笑ったのを見た瞬間だった。
結婚してイメージが変わっても道明寺の人気があるのは変わりがない。
相変わらず「キャー」「ワァー」の感嘆符付きの黄色い声はどこからか聞こえてる。
「お前俺がモテ過ぎて心配じゃねぇ」
「なんで?」
「浮気とか?」
「浮気するの?」
「しねっよ。するわけねぇだろう」
焦って打ち消すのはいつも道明寺の方。
高校時代から免疫がある私が嫉妬心を見せないことに道明寺は不満そうだ。
道明寺が私しか見てないことを知ってるから安心できてるだけのことなのに。
くすぐったい気持ちのまま目の前に止まったエレベーターに乗り込んだ。
3か月ぶりの弁護士事務所。
少し緊張気味に入り口のドアを開ける。
「つくしちゃん」
一番に駆けよって来てくれたのは玲子さん。
ガシッとしっかり両手を握って握手する。
「よッ」
軽めの声を上げたのは私の指導係の甲斐さん。
「お久しぶりです。今日からまたよろしくお願いします」
私の周りを囲こむ真中で深々と頭を下げる。
古巣に帰ってきたとホッカリさせる顔が並んだ。
「これからもよろしくね」
貫禄の中にやさしいさがにじむ岬所長。
本当に頼りになる。
道明寺ホールディグス最上階に君臨する支配者を「司クン」と呼んであしらえるのは唯一無二の存在だと私は一目置いている。
ここで働けなかったら私には働く居場所はなかったかもしれない。
道明寺家の若奥様という肩書きは私の行動を束縛するものにしかならなかったはずだろうから。
この肩書きに慣れるにはあとどのくらいの時間を要するのだろうか。
見当もつかない。
「さぁ、これからはバリバリに働いてもらわなくっちゃな」
屈たくなくポンと私の肩に甲斐さんが片手を置く。
「あっ、そんなに気軽につくしちゃんに触れたら代表が飛んでくるわよ」
「それはないですよ」
玲子さんの言葉を真っ先に慌てて否定した。
「一概に冗談じゃないからな」
「代表には俺のデスクがつくしちゃんの隣というだけで睨まれてる感じだもんなぁ」
「分かってるんだ?」
玲子さん半分おどけ気味だ。
「それは誰でもわかるでしょう」
「なッ」
甲斐さんは視線を私に向けて答えを私に振ってきた。
「知りませんよ・・・」
それだけって言って口ごもる。
「お手柔らかにって言っといてくれ」
甲斐さんに浮かぶ軽薄そうな笑い。
「からかわないでください」
言いながら頬が熱くなる。
「もう、相変わらずつくしちゃん可愛いんだから」
玲子さんに横から抱きつかれて少しよろけながら何とか平衡を保つ。
「玲子さん、そっちの方が触りすぎなんじゃないですか?」
「男じゃないから大丈夫よ」
「いや、玲子さんは男より男らしいとこあるから」
「プッー」
甲斐さんの言葉に思わず声が噴き出る。
「それくらいで仕事に戻って」
場の雰囲気が一瞬で変わる岬所長の一声。
私の弁護士としての1日目が今ここから始まった。
新しいお話です。
Fその後「第1話 百万回のキスをしよう」の流れを簡単に取り入れながらの説明的さわりのUPをしました。
この後は幸せまっしぐらのお話に向かって進む予定です。
何事もなく進みますように。合掌
拍手コメント返礼
mimi様
このお話は妊娠発覚までにあるとは思いますがノッたらどこまで行くかは分かりません。
TOMOKO様
初コメありがとうございます。お付き合いよろしくお願いします。
匿名様
更新が早いのだけが取り柄みたいなもので(^_^;)
これからもよろしくお願いします。
ゆりり様
お疲れ様です。そしてありがとうございます。
最初から読んでもらってるんですね。
作者冥利に尽きます。
今半分と言うところでしょうか?
更新に追いつけるのももうすぐですよ♪