第2話 抱きしめあえる夜だから 16

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-From 1-

夢の中の道明寺を一人残して会社へと向かう。

屋敷の使用人に道明寺を起こす様に頼んだら「いやです」ときっぱり断られた。

地雷は踏みたくありませんと泣きつかれるなんてどれだけ寝起きが悪いのだろう。

「目が覚めてまず最初に目につくものはつくし様の笑顔がいいと真顔でおっしゃいますから」

真っ赤になって照れてほほ笑むのは勤続30年の古株の後藤さん。

私までゆで上がりそうだ。

道明寺の枕元に目ざまし5個セットする。

「道明寺、起きて・・・」の声を録音しておいた。

最後の一つには「寝ボスけ!起きろ!つくしちゃんは先に行く」私の声。

もっと色気のあるのを頼むと道明寺にはぼやかれそうだ。

一人で歩く本社ビルエントランス。

「おはようございます」の声とともに不思議そうな視線を向けられる。

その視線が「代表がいない・・・」と訴える。

滅多に私一人ってないからなぁ・・・

変な緊張感。

ひと月前3日ほど別々に出社した時の様子を思い出す。

代表もとうとう見放された!

嫌がられた独占欲!

代表奥様が語った時には一人になりたい!

なんて活字が号外で回っていた。

道明寺は支社経由の出勤で一緒に社員食堂での昼食もできなかった3日間。

「気が抜ける」「ホッとする」「一人の時間も必要ですね」そんなことを玲子さん相手に語ってた。

1時間後には号外がメールで社内を回るって・・・

どれだけ注目を浴びているか分かる出来事だった。

興味深そうな視線はエレベーターに乗り込んでも続いてる。

「代表は?」

気さくに話しかけてきたのは甲斐さんだった。

周りの社員の耳がダンボになっているのがありありと分かる。

「号外飛び出す様な事はありませんから」

皮肉っぽく言っていた。

「いや~昨日あれから大変だったんじゃないかと思ってね」

心配のかけらはこれっぽちもない甲斐さんの明るい表情。

からかいのネタを探してるのは子供みたいに単純で分かりやすい。

「おあいにく様、昨日はあれから二人で仲良くラーメン食べて帰りましたから」

「ラーメンって・・・」

「つくしちゃんと代表の二人で?」

「そうですよ、テーブルに向かい合わせで座って食べました」

なんかまずいこと喋ってしまった?

周りのみんながまん丸目玉を見開いて一斉に「クク」と漏れる笑い声。

「もしかして・・・黒塗り高級車を店につけて・・・」

「人を寄せ付けないオーラー全開でラーメンすする道明寺グループ総帥って・・・」

「見てみてぇーーーッ」

甲斐さんのその声に笑い声が一つになった。

そんなにおかしいことか?

道明寺とラーメンってありえない組み合わせではあるけれど。

「支払いはブラックカードじゃないだろうな?」

「私が現金で払いました」

もう少しで無銭飲食に間違われそうになったのは甲斐さんに話すのはやめておこう。

「いい加減に笑うの止めてもらえませんか」

「ごめん」

玲子さんも喜ぶぞって話す気満々の甲斐さん。

これじゃルージュでからかわれる方がましだったと思えてきて苦笑する。

10階の事務所のドアを開いて「おはようございます」と挨拶した。

「よっ!」

なんで・・・公平がここにいるんだ?

「企業の公訴が勉強したくて実務講習を頼んだんだ」

「2週間よろしく」

松岡公平が私の目の前でさわやかにほほ笑んで立っていた。

 

-From 2-

「朝だよ。起きて」

耳元に聞こえる小さな愛しい響き。

もうちょっと、このまどろみが気持ちいいんだ。

昨日寝たの朝方だぞ。

相変わらずつくしは寝起きがいいらしい。

声の方向へ腕を伸ばす。

捕まらない。

声の方向はこっちなのに、なんでだ?

「早く起きて、仕事遅れちゃうぞ」

今度は斜め方向に声が変ってる?

俺につかまらないようにつくしのやつが動いてる。

「ねぇ~起きて、起きて」

昨日も押し倒して・・・

そのまんま、好きなことやってたらすねたもんなぁ。

今日もやったら遅刻じゃ済まなくなりそうだ。

「起きろ!ごはん食べれなくなるぞ!」

ご飯よりお前のほうが食べたい。

逃げんじゃねぇよ。

そしてまた俺の指先は欲する身体を素通りして宙を彷徨う。

俺まだ寝ぼけてんのか。

目を開いてもまだぼやけてる。

誰もいない?

声の主に手を伸ばしたら青い体のまんまる猫。

これが何かぐらい知ってんぞ!

タケコプターにどこでもドア。

子供のころ作れと言って大人を困らせた。

ドラえもんからつくしの声。

一斉に周りから聞こえだす目覚ましの音。

「寝ボスけ!起きろ!つくしちゃんは先に行く」

最後の極め付けにミッキーマウスが叫んでた。

あいつ!俺を置いていきやがった!

自分が起きないのを棚に上げ、寝ボスけと叫んでるネズミを床に投げつけた。

「おはようございます」

待ち構えたように本社ビルエントランスで直角に頭を下がる西田。

「今日の予定は・・・」

西田の言葉をさえぎり「まずは10階だ」どエレベーターに乗り込む。

「予定に入れておきました5分です」

相変わらずの用意周到さには苦笑するしかない。

一言置いてきぼりを食わされた愚痴を言わないと落ち着かない。

つくしのオフィスに時々顔を出すのもあいつはあきらめたのか何も言わなくなった。

一緒に出勤すればこの手間は省けるはずなのにわかんねぇやつ。

オフィスのドアを開けた俺にギョッとした表情を甲斐が向けた。

「いないのか?」

甲斐のやつ額に汗が噴きでてる。

何を焦ってるのか。

オフィスの奥で長テーブルに並んで座って何やら真剣に話し込んでいる男女の姿。

つくしの横には松岡公平・・・

なんであいつがここにいるんだ!

ムッとする表情の俺の横で「仕事ですから」と甲斐がこわばったように頬を緩めた。

続きは 抱きしめあえる夜だから17 で

後期実務までは待てなかったので無理やり公平君を登場させました。

嵐の予感?