HAPPY LIFE 17
*チャイルドシートの中ですやすやと寝息を立てる駿。
車に乗ったとたんに寝てしまった。
車の振動が心地よいのだろうか?
愚図った時も効果あるのかな?
新しい発見だ。
泣き声に疲れ果てる体験がないのはきっと楽な育児なんだと思う。
駿の泣き声を聞きつけて飛んでくるのは一人や二人じゃない昼間。
あやすのに疲れることなんてほとんどない。
夜もよく寝るようになったしね。
それに一番喜んでるのはパパだけど。
そっちの方がよっぽど疲れる。
昼間からなにを思い出してるのかと苦笑する。
出産後初めての外出。
駿を生んだのはまだ肌寒さの残る春の初め。
季節は夏を通り越して街路樹は茶色に染まってる。
ひと夏を楽しみ損ねた。
初めての育児って時間も飛ぶように過ぎていくのね。
誰に言うでもなくつぶやく心。
でもそれが楽しいんだ。
子供の成長を最初に気がつけるのは母親の特権だもんね。
目で私を追う仕草、笑い声。
寝返りも、初めてお座りができた日も携帯ですぐさま写真を撮って司に送った。
いつもより早い帰宅の司が駿に必死で「歩くときはパパに最初に見せろよ」と説得?
そんなの思うように行くわけないじゃん。
クスクスと小さくこぼれる笑いを必死で隠す。
駿が歩くのを私が見ても黙っておこうと心に決めた。
久しぶりに見あげる高層ビル。
雲ひとつない青空を突き抜ける様にそびえ立つ。
威圧的にしか思えなかったこのビルをすがすがしく見つめることができるのはきっと今が幸せだからだろう。
胸に抱いた駿の小さな手を取り最上階に向かって手を振る仕草。
「パパが見てるかな?」
見えるわけないか。
その周りをとり囲むSP数名。
上から見たら黒の輪っかの中に黒点しか見えないよね。
そのままビルの中へと進む。
立ち止まって振り返る社員に軽く頭を下げてエレベーターへと乗り込んだ。
周りのSPに落ち着かない。
私一人でSP連れて歩くことってほとんどなかった。
たいていは司が一緒だったからだ。
駿はやたら機嫌がよくてSPのお兄さんのネクタイに手を伸ばして触ってる。
背中を向けてるSPの耳から垂れているイヤホンの黒い線を引っ張って「キャッ」と御機嫌な声を上げた。
「すいません」
「・・・いえ」
イヤホンを渡す私に恐縮そうな顔で受け取るSP。
赤ん坊にちょっかい出されるSPていないだろうなぁ。
最上階の途中でエレベーターを降りる。
向かった先は私の仕事場。
この時間ならまだ皆いるはずだ。
ガチャッとドアを開けたのは先頭を行くSP。
先に最上階に行ってくださいと言った私の申し出はすぐに却下された。
突然の見知らぬ来訪者に生活音がぴたりと止まる。
電話の音だけがプルルルと響いてるオフィス内。
「お久しさしぶりです」
横からひょっこりと顔を出す。
「わ~つくしちゃん」
一斉にオフィスの中に明るさが戻った。
「駿君連れてきてる」
すぐにガタガタと席を立つ音。
懐かしい顔に取り囲まれるまでに数秒。
甲斐さんがおいでと手を差し出したのに隣の玲子さんに手を伸ばすあたり駿もやっぱり男だ。
「やっぱり美人は赤ちゃんでも分かるのねぇ」
自分で言うのはさびしい気がするんですけど。
「髪伸びてきてるッくせっ毛だ~」
左手で駿を抱いて髪の毛を玲子さんが右の小指に巻きつけてる。
くるっと髪の毛が玲子さんの指に巻きついて離れないあたりは将来を暗示している。
「代表そっくりじゃん」
上から駿を覗き込んだ甲斐さんがつぶやく。
道明寺の遺伝子はさすがに強そうだとの甲斐さんの基準にまわりがうなづく。
「それ、喜んでいいんですか?」
「どうかなぁ?」
ニンマリとする甲斐さん。
「キャハッ」
駿の機嫌のいい声につられる様に周りから笑い声が上がった。
やっぱり髪の毛はくせっ毛ですよねぇ。
これでミニチュアの出来上がり♪