永遠のラビリンス 序章
桜の季節も過ぎて、緑色の葉が木々を覆う。
温かな昼下がりに俺の隣りには牧野がいて、俺が振り向くたびに、にこっと無邪気な笑顔を返す。
当たり前の様に牧野が俺の隣りにいる。
なんでもない、ただそれだけのことが大事だって思える。
去年の今ごろは春の温かさなんて全く感じなくて、無理にお前を忘れ様としてた俺がいた。
NYに来たあいつを冷たく追い払っても自分の心の中からは追い出せなくて、抑えきれなくなった感情を無理におさえつけて、抗っていた俺が、ウソみたいに今は心が軽い。
「ん~つ」
ベンチに座っていた牧野が大きく手を空に向けて背を伸ばす。
牧野の手のひらに乗せようとしたおれの手の平はベンチの木の感触を確かめただけに終わった。
手を握るだけに何をドキドキしてるのか。
あほらしいと苦笑する。
こいつの肌の感触も・・・
指先が触れた肌から帯びる熱も・・・
無防備に俺だけに見せる甘ったるい表情も・・・
俺の唇がつけた痕は今も白い肌の上に残っているのだろうか。
無性に確かめてみたい。
「なぁ、抜けるぞ」
「えっ?」
「ちょっっ、まだこの後に講義があるってッ」
「聞かねッ」
グッと、強引に腕をとる。
「もう、授業をサボるなんて初めてなんだからね」
拗ねた表情が俺を睨み付けたたまま和らかい笑みに変わった。
俺にふて腐れた表情を見せるのはお前くらいのものだ。
そこも気に入ってるって、惚れ過ぎだろう。
触れあった指先を絡ませてギュッと手を握り合う。
春の陽だまりを楽しむようにゆっくりと歩きながら、牧野の頭を自分の肩に押し付けるように腕をまわす。
「重いッ」
文句を言ってるわりには肩をまわした俺の腕を放さないと牧野の手のひらが俺の手のひらを握りしめる。
わざとらしく牧野の背中に回って両腕を背中から回しておぶさる俺。
「ちょっ、つぶれる」
地上についた足は半分の体重を支えて半分は牧野に重点を置く。
「車まで運べ」
「ギャーッ!無理だって」
逃げ出した牧野のが俺の背中に回って、背中から俺の首に飛びついた。
「仕返し」
身体を揺さぶる俺に絶対落ちないとしがみついた牧野。
牧野の吐く息が熱く俺の首筋をかすめる。
「重い。太ったんじゃねェの?」
「体重は増えてないから」
ガキみたいなじゃれあい。
木々の間からこぼれる太陽の光がキラキラと光って噴水の水面に反射する。
シュッと吹き上げた水の音に驚いて足を止めた牧野をようやく抱きしめた。
「面倒をかけるな」
「最初にちょっかい出したのはそっち!」
はぁはぁと乱れた息を繰り返す視線の先で運転手の里井がぺこりと頭を下げるのが見えた。
「里井さんに笑われてる」
「気にするな」
ぎゃぎゃー言い出しそうな牧野を強引に引っ張って迎えの車に乗り込んだ。
「道明寺の屋敷って、あんまり、いい思い出ないんだよね」
俺のベットがボスッと牧野の上半身の重みで弾む。
ベットから垂らしていた両足をピンと延ばして、することがないって雰囲気の牧野。
大学入学後の牧野を久しぶりに俺んちに連れてきた。
「一番最初は拉致だし・・・
次は家を無くしてメイドだし・・・
記憶なくした道明寺に追い出されたし・・・」
考えながら呟いていた声は大きさを増して口調に力が入る。
確かに全部聞いていたら俺も気まずくなる。
このまま牧野に思い出に浸られたら俺の分が悪い。
「そんなこと忘れさせてやるよ」
そう言って押し倒すには抵抗のある無防備さ。
いま、俺たちがいるのはベッドの上!上だぞ!
俺の気を逸らす様に立ち上がった牧野は部屋の中の調度品を眺めて歩き出す。
「相変わらず生活感がないというか、掃除する時に壊したらどうしようとか思ってたんだよね」
はじめて来たわけじゃねェだろがぁぁぁ。
「塵一つ落ちてない」
小さくつぶやく声は俺から関心がそれてるじゃねぇか!
部屋まで連れ込んだはずなのに俺はなんに嫉妬してるんだッ。
「お前さ、まだ屋敷の中を全部把握してねェだろ」
「俺の部屋とタマの部屋とお前の部屋にしてた物置部屋だけだもんな」
これ以上この部屋にいたら無理やり牧野を押し倒してしまいそうな俺。
今のこの状況じゃ、猫みたいに爪を出して刃向いそうな雰囲気。
まだまて!
牧野の気持ちを過去のしょうもない思い出から逸らす作戦に出た俺。
「別にまだ、知らなくていいよ。道明寺の部屋さへ知ってれば問題なし!」
「えっ!」
俺の妄想を読まれたかとギクリとした感情が焦った声になる。
俺の部屋って・・・
牧野がさっきまですわっていたキングサイズのベットが3Dで浮かんで近付いて来る錯覚。
淡い期待を抱かせるんじゃねェよ。
顔が熱くなるのを誤魔化せずに熱い視線を送れば、自分の言葉になんの責任を持ってない顔がきょとんと俺を見つめてる。
こいつはこういうやつだ。
無頓着つーか。
鈍感つーか。
男の心理を分っちゃいない。
「いずれ、おまえはここで俺と一緒に暮らすことになるんだから知らねェじゃ済まないだろう」
噛みそうになる舌をなんとか誤魔化しながら横柄に声を出す。
アブねッ・・・
俺のシマシマな考えが牧野にばれたらまた一つ俺の屋敷の悪い思い出が牧野に追加されてしまう。
「まだ4年も先だし・・・」
短いようで長い婚約期間だよ。
俺としては今すぐ結婚しても問題ない。
道明寺家の嫁となるためには!
短期間では無理です!
お袋のしょうもねェ教育に翻弄されてる。
屋敷の管理もいずれはお前がすることになる。
東西南北、緊急避難通路まで把握するんだよ。
ゆっくり回れば1日じゃすまねェぞ。
「こいッ」
強引に掴んだ牧野の腕を引っ張って部屋をでる。
「この廊下だけでも暮らせるよね」
俺に引っ張られることを拒否することなく牧野がことことついて来る。
廊下に飾ってある中世ヨーロッパの甲冑の兜を恐々と触る牧野。
「日本の戦国武将の甲冑だったらここには場違いだよね」
「個人の邸宅ってあり得ない・・・」
初めて俺んちに来たような反応を見せて楽しんでる。
「博物館をデートしてる気分を楽しめるね」
クルクルと明るく変わる表情。
怒った顔も、笑う顔も、損得抜きで俺を楽しませる。
「ガキみたいに騒ぐんじゃねェよ」
俺の言葉に牧野が顔を顰めて舌を出してみせる。
ガキかっ!
「細工な顔を不細工にする必要はねェだろう」
「不細工って言うな」
ムッと膨れた頬。
「俺はいいんだよ。ほかの奴がお前に不細工って言ったらぶっ殺すけどな」
「それって、なによ」
膨れたまま染まる頬。
クシャとなった顔は途轍もなく俺には魅力的で心をざわつかせる。
知らねだろ?牧野?
どんなおまえでもすぐに俺の胸の中を一杯に占めてくるって。
どうしようもなく惚れてんだぞ。
「あのさ・・・今ここにいるのって私たちだけ?」
「いや、使用人はどこそこにいるって思うけど」
遠慮して俺たちには近づかないって事は牧野には教えねェ。
「家でデートが楽しめるなら楽でいいな」
牧野を引き寄せるように動かした腕。
そのまま背中を壁際に押し付けて密着する距離。
牧野の頭の上に手をついて牧野を覗き込む為に首をかしげる。
「本当に、誰も来ない?」
俺を見つめる瞳が熱を帯びて潤んでる。
「ああ、たぶんなッ」
呟いた唇はそのまま牧野の柔らかい口唇にそっと触れた。
かすかに開いた唇から熱を逃がす様に息をつく。
触れるだけのキスは誘うキスに変わり深くなる。
「・・・ダメッ」
途切れがちな声が甘く耳元をかすめる。
延ばした掌がドアの取っ手を掴んでガチャリと開けた。
開いたドアの隙間から滑り込むように部屋の中に入ってドアをしめた。
屋敷の一角に位置する客間。
チラリとベッドを視線の先で確認しながらも蜃気楼のように追いつけない気がする。
牧野を壁際に押し付けながら、顎に手を添えて角度を変える。
「これ真昼の常識つーんだよな?」
廊下か二人っきりの部屋に連れ込まれて観念した表情の牧野が考えるように眉を顰める。
「常識って・・・?」
考え込んだ牧野の顔が真っ赤に色付く。
「わぁっ、常識じゃなくって、真昼の情事でしょ!」
鼻息荒く俺の目の前に牧野が迫る。
「情事も困るけど、常識にしてもらったらなお困る」
俺の胸に顔をうずめた牧野が熱から覚めたように笑い声を上げた。
アメブロでUpした記事を手直してます。
ここから司とつくしが入れ替わってパラレル物にになる予定です。
連載開始はもう少し先となります。
お楽しみいただけたら応援のプチもよろしくお願いします。
拍手コメント返礼
あずきまめ 様
真昼の常識にされたら御邸の使用人さんたちも困るんじゃないかと・・・
いつ部屋のノックを鳴らすのか
「いまでしょう!」
何処かのCMののようには言えないでしょうね。
いの様
お久しぶりです♪
入れ替わったらどんなことがおこるのか!
会社に大学にF3の対応。
長く二人に入れ替わってもらったほうが楽しめそうですね。
連載がスタートする前にいろんな想像ができちゃってるみたいですね。
私も頑張ろう♪
ことり 様
司のしましまな気持ちのままに入れ替わったら・・・
つくしちゃん嫌がるだあろうなぁ~(笑)
「もう、全部見てるから気にするな」
司の言葉に憤慨気味のつくしちゃんはすぐに想像できますけどね。
どうしようもならないぞ~
まめすけ 様
パズルゲームの布石ですか?
「今日は寄り道すんなよ」の司君のセリフ。
何か考えてる?って感じで書いたんですけどね。
これが布石で~す。
新作このままはじめたら怖いことになりそうなので(^_^;)
入れ替わるとこまで一気に書いちゃおうと思ったのですがそうすると、皆さんが気になるだろうなと思い、
いっちゃつく二人で終らせてもらってます。
この後は・・・きっとニンマリなれることと確信してますよ。
真昼の情事を常識に変えられるかどうかは司君次第♪