いくつもの嘘を重ねても 6
「どう、思い出した?」
おはようの後の省吾さんとの日課の会話。
覗き込む瞳は不安げで、それでいて、優しく気遣うような色あいを見せる。
今日もまた私は自分の名前も思い出せないままに首を横に力なく振る。
私だけじゃなくきっとこの人も不安な思いを抱えてるんだと思うと記憶を取り戻せない自分がやるせない。
結婚したはずの相手。
好きな人に忘れられるってどれだけ辛いか・・・。
好きになった思いも・・・
大事なはずの出会いも・・・
二人の思い出も・・・
何もかも私の記憶からは抜け落ちしまってる。
すいません。
ごめんなさい。
幾度となく胸の中で唱えてる謝罪の言葉。
結婚してると言っても未だに寝室は別々で、夜中に目覚めたベッドの中で知らない部屋にいる感覚は拭えずに
この家で私はまだ一人んぼっちの孤独の中から抜け出せずにいる。
省吾さんにはこの家に来た最初の時に抱き締められて、それ以来私に触れようとしないことに、なぜかホッとしてる。
妻だと言われて1か月が過ぎても実感がなくて何も思い出せずに過ごしてる。
私の親は?兄弟は?
天涯孤独だって聞かされた答えに、私を知ってるのは自分以外にいないって省吾さんに言われたような気がした。
ママとつたない発音で呼んだ亜美ちゃんには専任の保育士が付いていて、私が面倒見る必要はあんまりない。
それでも抱っこと甘える仕草は可愛くてしょうがない。
哺乳瓶の与え方もオムツの交換も自分でも様になってると思う。
赤ん坊の世話は慣れてるみたいだ。
省吾さんが仕事に出かけた後は、長年面倒を見てるという夫婦のタケさんと松さんが家の中を取り仕切る。
庭の管理に家の家事全般。
普段は別荘の管理をしていて私とは2、3度の面識しかないらしかった。
それでも親身になって私の体調を気にかけて世話を焼いてくれる。
私のすることといったらベットで身体を休めることだけで暇を持て余してる。
本棚に並ぶ小説を手に取って見ても読んだはずなのに興味がわかずにページをパラリと捲っただけで本棚に戻してため息が漏れた。
広い屋敷に上品なヨーロッパ調の家具。
天井が高く30畳は有りそうなリビングに暖炉のある家。
落ちつけないのは記憶は無くなってるせいなのだろうか。
広々とした生活感のない空間に慣れてない気がする。
もっと気軽にふざけ合って触れ合う空気。
今テレビ画面に流れてるCMの家族で食卓を囲んで大皿のおかずを取り合う感覚。
コッチの方が懐かしいって思ってしまう。
少しは身体を動かさなきゃ。
家に閉じ籠ったままというのは性に合わない気がする。
タダ時間が過ぎるだけの一日を過ごすだけでは記憶も取り戻せない気がした。
それでも一人で家を出る気にはなれず、傍であどけない瞳を私に向ける亜美ちゃんを抱き上げる。
「よし、一緒に行こう」
ベビーカーを押して散歩がてら外に飛び出した。
近所の散歩からはじまって数日後、運転手つきの車で送ってもらった街の中。
並んだビルの中に並ぶお店はどこも艶やかで明るい。
太陽の光りを眩く両目が捉える。
交差点を渡る人波が自分を飲み込むような感覚にビクンと震えた。
自分が何者なのかわからない不安。
それは突然私の頭の中に思考を迷わせる。
顔の見えない誰かが私を呼ぶ声。
それが耳に聞こえてきたざわめきと重なって遠くに消えていく。
誰かが必死に私を探してる。
それが誰なのか思い出せずに私の心を強く揺さぶる。
忘れてはいけない何かがそこにある気がした。
「きゃー、見て、今度オープンなのよね」
ビルの正面の大画面に映し出された近日オープンの文字。
道明寺・・・グループ・・?
切り替わる画面には近代的なホテルの外観に落ち着いた色合いのホテルの内装の映像。
革張りのシックな椅子に腰かけ長い脚を組む男性。
一瞬で見てるものを釘付けにする艶やかさ。
整った顔立ちとクセッ毛の黒い髪。
「最高の一時を演出します」
唇が動いてセリフが飛び出すと同時に「キャー」と聞こえた声。
魅せられて漏れたため息が私の後ろで立ち止まる。
「いいよね。道明寺司様が側にいたらそれだけで舞い上がりそうなんだけど」
「抱き締められたら気絶しそう」
画面から見つめられる視線になんとなく頬が熱くなった。
映像でこれだけの魅力があるって本物はどれだけすごいのか。
人気あるんだこの人・・・。
繰り返し流れる同じCM。
見おぼえたあると思ったのはきっと私も何度となくテレビ画面を見てるからなのだろ。
ふと視線を移した先には映画のポスター。
なんとなく頭の中に浮かぶ名前。
芸能人は記憶の中に残って覚えてるらしかった。
どうでもいいことは憶えてるものなのね。
自分の名前も憶えてないのに・・・。
そんな矛盾に頼りなく笑みが漏れる。
「・・・」
「・・・きの!」
「真央?」
途切れて聞こえる声に名前を呼ぶ声が重なった。
「省吾さん・・・?」
「どうしたの?」
会社にいるはずの省吾さんが突然現れて私の肩を叩く。
「まだ、遠出は、早いよ」
落ちついた声になんとなく気まずさが胸の奥に芽生えてる。
道明寺司・・・
省吾さんには感じなかった胸の奥の疼きはなんだったのだろう。
視線を落とした先に左手の薬指のリングが光る。
リングにをはめてる指はどこかぎこちなくて私を不安にさせる。
「なんでここが分かったの?」
「ベビーカーにGPSを付けてあるんだ」
「誘拐とかあったら困るからね。君にも自覚してもらわないと」
「行こう」
辺りの人込みから守る様に肩に回された腕。
周りを取り囲むSpに隠されたまま、そこから早足で逃れるように歩かされた。
「ーきのッ!!」
何かを呼ぶ切実な声。
車の音と靴音と話し声に紛れて小さく途切れて言葉の意味を濁す。
振り返った先でくるっとした髪の毛が見えた気がした。
つくしちゃん気が付いていたんだよ~
司君に教えて上げたい。
拍手コメント返礼
いの様
なんとなく司君のことは残ってるつくしちゃん。
声は聞こえてたのに司を認識できなかったつくしちゃん。
この後この後とせかされてる気がしてきました♪
もっ!という感じでしょうか?
続きUPします♪
やなぎ 様
省吾の正体は次回わかります♪
あずきまめ 様
心臓バクバクだなんて~
嬉しいコメントありがとうございます。
「誘拐されたら困る」
省吾君!君が言うか!という突っ込み入れちゃいますよね。(笑)
思い出せ、思い出せ。
リターンズで司の耳元で囁いていたのはつくしだったよな~。
司の場合は「思い出させてやる」かな?
Gods&Death 様
お帰りなさいませ~
風邪は大丈夫ですか?
司君は可愛そうなままではいないでしょうけどね。
もぐもぐ様
記憶を無くしたつくしにそれを探す司君も切ないですけど、つくしちゃんを連れ去った省吾にもそれなりの理由が
有るはずで~
その間で揺れるつくしちゃん。
『いくつもの嘘を重ねても』このタイトルは3人のそれぞれの思いを考えて付けたんですよね。
いくつもの嘘を重ねても残るのは真実なはず。
同情して記憶が戻っても戻れないつくしちゃんあり得ますよね~。
その流れをドキドキと楽しんでもらえればと思ってます。
まい2 様
ドラマの脚本としては有りがちな流れですが、この切ない加減はいいんですよね。
楽しみにしてるとコメントいただくとすぐにでも続きを!という気になっちゃいます。
ルリ様
続きが読みたくてウズウズ♪
きゃーーーうれしいです。
azukimame 様
連続UPへの期待のコメントありがとうございます。
ようこ様
毎日布団の中でチエックということは寝る前に遊びに来てもらってるんですね。
続きを楽しみにしてるとのコメントうれしいです。
初コメもありがとうございました。
まめすけ様
きゃー
お久しぶりです♪
コメントを見て小躍りしてます。
色々変わる4月は本当に忙しくなりますよね。
私も去年よりは忙しくてバタバタしてます。
毎日書けないこともありますしね。
省吾と一緒にいるつくしを司が見たら・・・・・
殴りかかるだろうなぁ~。
その時つくしの記憶は戻ってるのか戻らないのかで反応は違うでしょうけどね。
コスモス 様
続き待ってますのコメントうれしいです。
>心が伝わってきます。
嬉しいです♪
さぁ今日も頑張るぞ~~~~~~~。
miho 様
はまったのコメントうれしいですね。
まだまだここからいろいろとあるお話の展開になってます。