迷うひつじを惑わすオオカミ 4
*「西田、今年のセミナーはどうなってる」
スケジュールを読み上げていた西田の声が止まる。
ピタリとスケジュール帳のページをめくり上げていた指の動きまで微動だにしない。
「なんだよ」
ゆっくりと視線がスケジュール帳から動いて俺を見た。
その咎める様な視線向けるな!
俺はセミナーのこと聞いただけだぞ。
「珍しいですね。代表がわざわざ人事の仕事まで気になされるのは・・・」
探るような目つきもやめろ!
「俺も経営者として有能な人材をだな・・・」
「セミナーは年に数回ありますし、最終セミナーで興味を持たれても、それで十分だと思いますよ」
突放すように言って西田は俺のスケジュールを再び読み始めた。
「最終じゃ間に合わねェよ」
独り言のように口から漏れた声。
それを聞きとめたように西田の耳がピクリと動くのが見えた。
それなのに無視か!
お前には聞かねェよ!
情報源ならほかにもある。
部下はお前だけじゃねェ。
「それでなくても仕事は詰まってるんですからほかのことに気を取られないでいただきたい」
だから、まだなんも言ってねえだろうがぁ!
ため息の漏らした西田が指先で鼻の上の眼鏡の位置を直した。
ピーンポン~
玄関のベルの音がドキリと心臓に悪い。
はいと玄関のドアを開けて俺を出迎えたのは牧野の弟の進。
「道明寺さん」
嬉しそうに表情を輝かせる可愛いやつ。
慕われるのもいいもんだと思わせる数少ないやつ。
笑った雰囲気が牧野に似てんだよな。
露骨な下心が無くて純粋で素直に俺に好意を寄せる。
そして牧野の幸せを一番に願ってる。
心配するな牧野のことは俺に任せろ。
その前にセミナーの件をはっきりさせたい。
日時と場所はしっかり把握。
そして俺のスケジュールもそれに合わせた。
あとは本当に牧野が参加するのかどうかそれが問題。
この俺様に無駄足踏ませるなよな。
無駄足の方がいいのか・・・。
でも・・・
セミナーを受けるってことは牧野が、俺の側にいたいとか俺のために仕事を手伝いとかに気持ちが傾いて、
進路を弁護士から変えたってこともある。
内緒で俺を驚かせるつもり・・・
それはそれでうれしいかも知れない。
いや!
それは違う!
牧野の夢は弁護士。
知り合いがセミナー受けるって言ってたし。
男じゃないとアイツは否定したが牧野が気にしてたのは確か。
桜子に滋に、優紀・・・
他にあいつが気に変けるような友達って誰だ!
あいつらは俺んとこのセミナーには関係ないだろう。
ここ数日頭の中で開いた会議は結論も出ないままに終わってる。
「おねェちゃん、道明寺さんだよ」
バタバタと奥の部屋、と言っても歩いて数歩。
そこから牧野が走ってきた。
「どうしたの?」
「近くを通ったから」
「それだけ?」
「なんだよ。用事が無きゃだめなのかよ」
弟みたいに顔を輝かせて喜び表現するのがホントだろ。
抱きつけとはまでは要求しねぇ俺のやさしさ。
「そう言うわけじゃないけど・・・突然だから・・・」
目的がここでなければ通るはずもない本通りからは入り込んだ牧野の社宅。
連絡もなしに牧野に会いに来るのは確かに久し振りだ。
セミナーのことをぐずぐず考えるのは性に合わねェし飽きた。
「会いたくなったから来た」
文句ねェだろう!これでどうだ!
牧野の右肩にそっと伸ばす腕。
ぽかんと開いた唇がワナワナと震えて見る間に頬が赤く染まる。
「ちょっと」
そのまま俺から弟を気にするように浮つく視線。
「僕、出てくるよ。今日は帰らないから」
ドタドタと弟は俺達の横をそそくさと通りすぎて玄関のドアを開いた。
「あっ、今日両親は旅行でいませんから」
「ごゆっくり」
バン!
牧野が履いていたスリッパを弟に目がけて投げつける。
素早く閉めたドアにスリッパが当たってポトリと玄関に落ちた。
「進を追い出しちゃったじゃない」
誰のせいだと責める視線。
俺だけの責任にすんじゃねェよ。
「両親、いないんだ」
気を遣うことなく家の中に上がり込んでテーブルの前に腰を下ろす。
「私と進で旅行をプレゼントするって言ってたでしょう」
居酒屋のバイトをするって理由はその旅行のためだって説明されてしぶしぶ俺も認めたことを思い出す。
「それ、今日だったんだ」
「これで、居酒屋のバイト辞めたから、道明寺もわざわざ私を迎えに来なくて大丈夫だから」
牧野が仕事が終わる時間に合せて送るために何度となく店の前で待った。
俺が都合がつかないときはSP。
「バイト代より高くつく」
そうグチグチ言われたことは気にしてない。
「道明寺の休める時間削っちゃうよ」
俺に無理させてるとか考えてくれる健気さ。
疲れもお前に会うと忘れられた。
お前がいつ店から出てくるのかとか・・・
俺を見て嬉しそうに微笑む牧野を想像するとか・・・
待つ時間もお前のこと考えると苦じゃねぇんだ。
俺の前にお茶を出して牧野がちょこんと座る。
前より坐るなら俺の横だろう。
「なにはなれてるんだ?」
「危険地帯には自分から近づかないの」
笑った顔を俺の方に突きだしてわずかに近くづく距離。
自分から踏む込んでるじぇねぇか。
食い込ませる爪はまだ隠したまま伸ばした腕はなんなく牧野の腕を捉えてる。
「牧野、セミナーに参加するのか?」
掴んだ腕が俺の言葉に反応するようにうしろに引いた。
拍手コメント返礼
まちゃこ 様
いえいえ、こちらこそ心配おかけしちゃって申し訳ないです。
大丈夫ですよ。急かされたなんて思てませんから~。
続きUPを待ってもらってると思うと頑張れちゃいますので♪
かよぴよ 様
セミナーで司君が登場したら騒然となってセミナーどころじゃなさそう。
確実にコメントの通りに男子より女子の割合が次回からグンと増えてりして~
さわね 様
進クン久々に登場♪
もう大学生になってるのかな?
いや~進クン日記が懐かしい。