十六夜の月は甘く濡れて 15

いよいよ司も動き出そうとしてる同じころ。

つくしと類はどうなってるのか。

ベットの上に押し倒されているんですけど・・・大丈夫つくしちゃん?

普通はこの時点でアウトですけどね。(;^ω^)

*

まだ薬の効果が残っているのかやたらに眠い。

一人でいるとどうしても瞼が下がってくる。

目を閉じた時間はそんなに長くなかったはず。

それでも花沢類が戻っているのに気が付かなくて・・・

目の前に綺麗な顔がアップで現れたら、見慣れてるとは言っても一気に目が覚めるってものだ。

びっくり箱から飛び出す勢いで起きたつもりだったのに身体の体勢は変わらずベットの上に押し付けられていた。

花沢類に押し倒されてる?

自分がどんな状況にいるのか頭の分析力がうまく働かない。

「司のためなら何でもするっていったの覚えてるよね」

ソフトな声は耳元でやさしく語りかけてくる。

息が直に肌に触れる感覚は道明寺の声色とはまた違った甘さの色合い。

ドキッとなるのは道明寺とのそれとは違うけど、その説明をつけるには難しいものがある。

花沢類の声が司と道明寺の名前を発した時点で、この状況の危うさを始めて感じた。

「牧野、協力して・・・」

協力ってどんな協力?

これ以上花沢類が触れてきたらさすがに抵抗しちゃうよ。

花沢類に感じた警戒心。

それがわかったのか花沢類は私の髪をなでる。

それはまるで親が子供をなだめようとする親愛の愛情。

ちょっとこれで落ち着くって私の警戒心てこんなもの?

心の奥には花沢類との信頼関係があるから直ぐに警戒を緩めてしまうんだと思うけど。

私の横に身体をずらした花沢類。

胸元の直ぐ上で腕の重みだけが私の上半身を抑えてる。

顔を横に動かせば頬に花沢類に唇が触れそうな距離。

動けないっ・・・

「そろそろいいかな・・・」

そろそろって・・・

え?

なに?

花沢類が身体を起こして私の横に腕をつく。

斜めに身体を捻って私を見下ろした花沢類の瞳がきらきらと星が輝くよう煌めく。

シャツのボタンが外れて見える鎖骨に白い肌。

ゆっくりと近づいてくる顔から背けるように目をそらした。

花沢類の手首を握りしめた手のひらが汗でジワリと湿っているのがわかる。

「ホッとした」

え?

花沢類と私との距離はあんまり変わってないと気配でわかる。

「牧野が俺に対して無防備すぎるのも意外とショックだからさ」

「ちょっとは警戒してくれたでしょう?」

そのままベットから降りて窓辺に向かった花沢類の表情は見えない。

「本当に驚いたんだから。

協力ってどこまでするんだろうって・・・」

敵の狙いは私が花沢類に心変わりしたって事実を道明寺に見せつけることだから、花沢類の行動は勘違いするような状況を作るってことだったのだろう。

て・・・ことは・・・

今のは道明寺に見せるためってこと?

ベッドに二人で寝転がっていたところなんて道明寺が見たら・・・

昨晩の客船の中で見せた道明寺の冷たい態度を考えればもう二度と不用意なことはできないって感じた。

あの時以上にやばい状況が出来がってるもの。

「今の司なら大丈夫だと思うよ」

外の景色を携帯で撮影しながら花沢類がつぶやく。

「画像をあきらに送くったから。

その画僧からこの場所を特定してくると思う」

窓辺に長身の身体をもたれて振り返った花沢類はいつもの花沢類で・・・。

それなのに・・・

いつもの微笑みのはずなのに・・・

胸が締め付けられるような・・・

憂いを帯びたものを感じて・・・

痛みに似た何かが音を立てて・・・

つらいって思う感情が心の奥でちくりと音を立てる。

無理させちゃってるよね。

いつも、花沢類には甘えすぎだよね。

私も・・・道明寺も・・・

「あのさ、あの船上にいたのは花沢類だったの?」

あの時の花沢類は何か特別で一人にできない雰囲気があって、離れがたくて・・・

偽物っていわれたらそうなのかって思えるし、

偽物に気が付かなった自分を考えればそれはそれで落ち込みそう。

「あの時はもう俺に入れ替わってたよ」

「今回のことでいろいろ考えて、煮詰まったところがあったから、牧野にも心配かけたのかもね」

「花沢類・・・」

名前を呼ぶことしかできなくて何も言えなくなった。

それでも何か言葉を必死で探してる。

笑顔を見せるために。

「一仕事、終わったと思ったらなんだかおなかすいてきたな」

「部屋に冷蔵庫あったよね」

こんな時に食べ物の話題しか思いつかないなんて、バカッ。

冷蔵庫の扉を開けながらため息を出た。

「なにか、食べれそうなものあった?」

背後から花沢類がひょこっと私の顔の横から覗き込んできた。

花沢類の規則的な心音が背中に響く。

それとは対照的にドクンと私の心音が飛び跳ねた。

「あっ、トマト」

よりによっておなかがすいたといって取り出すのがトマトっておかしいよ。

赤い色が一番目についたのだからしょうがない。

握りしめたトマトを凝視してる私の横で花沢類が唇を緩めて見せた微笑み。

その横顔は少し寂しそうに思えてなぜだか胸がキュンと痛みを覚えた。