迷うオオカミ 仔羊を真似る 10
あ~
やっぱりというか・・・
終わらなかった・・・。
失礼しましたと礼をとって頭を下げる。
あの人・・・誰?
道明寺が「失礼しました」だよ!
もしかして生まれて初めて言った言葉じゃないんだろうか。
さすがに生まれがいいだけあって洗練されてスマートな受け答え。
それは認めてる。
私も道明寺につりあうようにただいま必死で品格を養うための訓練中だもの。
私が苦労してることをそつなくこなす道明寺は神に見える。
西門さんや美作さんに劣らないかしづかされてるように錯覚させられそうな甘い雰囲気。
あんな道明寺は見たことない。
道明寺は仕事をしてるだけだから。
さっきから何度自分に言い聞かせてることだろう。
高松さんが道明寺をほめる言葉にも素直に喜べなくて、胸の奥でいつもと違う落ち着かない感情がざわついてる。
プールサイドで人目は引くのは流行りの水着でくつろいでいる若い女性のはずなのに、今一番注目を浴びてるのは確実にあいつだ。
道明寺が動くたびに周りの視線はその行く先に視点を変える。
テーブルの上でペン先を走らせる女性は一人じゃ二人じゃない。
目の前に差し出されたコースターを気づかないふりでスルーした道明寺。
落ち込んだ表情の女性には悪いけどちょっぴりほっとしてる。
と思ったら、道明寺の胸のあたりに色気たっぷりに触れらてポケットにコースターを押し込まれてる。
普段のあいつなら相手を倒す勢いで振り払ってるだろう。
それを失礼しましただって・・・
嘘だ~~~~~~ぁ。
道明寺はしっかりと仕事をやってるだけなのに・・・
なのに・・・
どうして・・・
私がこんなに落ち込まなきゃならいのだろう。
偽名の西田に笑って、スワヒリ語いがいならしゃべれるといったあいつの冗談をまじに信じて笑われた。
私のこと気にしてくれてるのは分かってるんだけどいつもと違う道明寺は私を不安にさせる。
俺様の道明寺にならされ過ぎなんじゃないだろうか。
だから違いすぎる道明寺を受け止める準備ができてないだけ。
きっとそうだ。
「ねぇ、あの人・・・
道明寺・・・」
道明寺の正体に気が付いたようなひそひそ声と観察する視線。
西田さんに頼まれたことを思いだして我に帰る。
今道明寺は内緒で視察しなきゃいけないんだった。
「西田君お疲れ」
高松さんの声で彼女たちに人違いの印象を与えることに成功。
あとは少しでも早く視察ができるようにしなかきゃね。
「お疲れ」
覗き込んだ私に本気で驚いた表情を道明寺が浮かべた。
私がいたことにそんなに驚く必要はないはず。
そわそわしてる道明寺にさっき胸元を女性に触れられていた光景がぷかっと浮かんできた。
私が胸を触られてたら道明寺どうするのよ!
会話した程度でも殴り倒す勢いで飛んでくるんだから。
「びっくりさせんな」
「なに、動揺してるの?」
「動揺なんてしてねぇよ。
それより、お前の仕事は何時まで?」
「どう・・・西田に教える必要ないと思うけど」
私が終わるのを 待っていなくてもいい。
「なに、膨れてんだよ」
「膨れてないけど、そっちこそ鼻の下伸びきってるけど」
「伸ばしてねぇよ」
胸のポケットに指を入れらてた道明寺にムカついてる。
少し膨らんだままのポケットにまでイラついてる。
もう!
これって完璧に嫉妬じゃん。
知らない女性に触れた道明寺が許せなくて、触れられた感触を道明寺から消し去りたくて気が付くと道明寺のポケットからコースターを取りだしていた。
私の指先を見つめながら思いだしたような表情で道明寺が見つめてる。
へぇ。
忘れたらふり・・・するんだ。
ごまかされないから。
そのままコースターをまた道明寺にポケットに押し込む。
本当ならぐちゃぐちゃに破いて足で踏んづけて捨ててしまいたい。
それを私がやったら負けてるような気がして何とか押しとどめてる。
ぷいと背中を向けたのに・・・
道明寺から何の反応も声も聞こえなくて・・・
時々聞こえる水しぶきの音だけがなぜか大きく耳に届く。
もっ!
振りかえって私が見たのはやけに機嫌のいい道明寺の締まりのない緩んだ表情。
「ニヤつくな」
私の声にもニヤついちゃってくれてる。
「だから、いつ終わるんだ」
だからってなによ。
グイと詰め寄ってくる道明寺にたじろいでしまってる。
「5時には終わるから!」
このままじゃ押し倒されそうで防衛本能が働いてしまった。
「そのころには俺も終わらせる。
俺が迎えに来るまで逃げんなよ」
YESしか受け付けないって傲慢さはいつもの道明寺に戻ってる。
私の前でいつもの道明寺に戻るな!
「逃がすつもりもないけど」
鼻先が触れそうな距離で道明寺が自信たっぷりの微笑みを私に見せる。
「素直に待ってろ」
腰につけたエプロンを外して私の胸に押し付けてじゃぁなといい残して道明寺が私から離れた。
掴まれた肩にいつまでも道明寺の手のひらの感触が残る。
触れられたところから熱が広がって体中を包みこんでいた。
「アツイ」
えっ・・・
カウンターの中で片手でパタパタと顔を仰ぐ高松さん。
なんとなく合わさった視線に、慌てて視線をそらしてしまった。
ほんと・・・
アツイ・・・ッ。