願い

*ユーリがいなくなってから2年の歳月が流れ・・・

占い師の力を借りて氷室がヒッタイト

という設定で書いてみました。

第1章

「ユーリ様そのような事は下働きにお任せください。」
手馴れた様子で愛馬アスランに飼葉を与えるユーリに、ルサファは哀願した。
「べつにちょっとの時間ぐらいアスランといてもいいでしょう。
たまには、アスランに会いに来ないとこの子拗ねてしまうから。
ねえ、アスラン。」
ユーリの言うことは、もっともだというようにアスランは嘶く。
エジプトとの戦いも終わり、落ち着きを取りもしたヒッタイトで、以前のようにアスランに跨り、ユーリが駆け回る機会は少なくなってきた。
宮廷内は比較的穏やかに時間が流れている。

今日もユーリは、宮廷内の息苦しさから逃れるように3姉妹の目を盗んでは後宮を抜けだし、後宮の華やかさと対比するような軍事要所にいた。
カイルの正妃となる日が近づき、その地位が今までよりもユーリの自由を制限する事は必須であろう。
宮廷の中ぐらい自由にしたい。
これがユーリの本音であった。
ユーリ様らしいと言えばユーリ様らしい・・・。
無邪気に愛馬と戯れるユーリの姿を見ながら、幸せを感じ、ルサファにも笑みが自然とこぼれる。
他人が見たら、この小柄な黒髪の少女が未来の皇后だと誰が思うであろう。
そのそばでは、精悍な顔立ちの上級将校が自分の生命をかけて守り付従ってるのである。
ユーリを崇拝するルサファにとってユーリの副官という任務は適任であった。
「ユーリ様、まだ、ナキア皇太后が見つかっておりませんので、一人での行動は御つつしみを。」
「判ってるよ。」
ユーリは緊張した面持ちでうなずいた。
ウルヒがつかまり自殺。その遺体は罪人として城壁の外にさらされた。
その後、ナキア皇太后は姿を消している。
ユーリがこの世界に来るとき着ていた洋服を持って・・・。
ナキアを見つけなければ、ユーリはまたどこかに飛ばされるかもしれないのだ。
宮廷の中はナキア捜索で緊張した日々が続いていた。
静かな昼下がりの一時を突然かき乱すように、ユーリの手から餌をもらっていたアスランが突然、前足を数回踏みしめ西を見て嘶いた。
アスランどうしたの?」
アスランの手綱を握り締め、たてがみをなだめるように優しくユーリはなでる。
「西の方が、少し騒がしいようですね。
確か向こうには泉があったはず。
見てきますので、ユーリ様はここで待っていてください。」
そう言うと、ルサファはユーリを残し足早にマントを翻し駆け出していった。
「安全が確認できるまで動かないで下さい。」
好奇心旺盛なユーリの性格を考慮して、数歩走った後ルサファは振り返り、ユーリに念を押すことを忘れなかった。

西の泉の側には水をくんでるらしい数人の女官がいた。
その中の一人の足元には水がめを落としたらしく水がめの破片が散乱している。
「どうかしたのか?」
ルサファは破片を避けるように女官に近づき声をかけた。
「あれを・・・」
女官は驚きのためか強張った表情で泉を指差しそう言うだけが精一杯であった。
他の女官は、抱き合い震えながら泉を見ようとさえしない。
震える女官の指先をルサファの視線が追った。
泉の中からは、丁度、黒髪の人影が上がろうとしているところであった。
ルサファは、警戒しながらも、剣を、さやからすばやく抜くと、その人影近づき、剣先を首筋に当てた。
「何者だ」。
ルサファは、相手を威圧するように、だが、冷静に突然の侵入者の正体を突き止めようとした。
泉から侵入者を引き出し、身動きできないように石畳に身体を押し付けルサファは相手の様子を観察する。
身長はルサファとあまり変わらぬようであったが、ルサファを見上げる顔は、まだあどけなさを残す青年には達してない少年のようだった。
「外国人か?」
少年の肌の色は、ヒッタイト人でもエジプト人のそれとも違っていた。
相手は何か言ったようではあったが、ルサファにその意味を理解する事は出来なかった。
「言葉が通じないのか。」
少年は自分の置かれている状況を理解できないらしくルサファのなすがままであったが、少年から敵意が感じられないと知るとルサファはやや警戒心を解き、少年を押さえつけてた腕を外した。
だが、相変わらず剣先は少年の動きに反応できるよう少年を見つめていた。
「この風貌、肌の色どこかで見た気がする」。
ルサファは自分の記憶を正確にたどろうとしていた。
「ルサファなにがあったの?」
しびれを切らしたユーリは、とうとうルサファの警告も無視し騒ぎの起きてる泉にやってきてしまったらしい。
「ユーリ様、お待ちするよう申しあげていたはずですが、やはり、聞き入れてはもらえなかったようですね。」ルサファは、ため息混じりに背中の方にいるユーリに振りむいた。
「氷室・・・。」
ルサファが振り向いて見たユーリの表情は、これまで見たこともないような驚きと緊張に包まれていた。

第二章

ことの起こりは数時間前にさかのぼる。

氷室は夕梨の家に向っていた。
夕梨が行方不明になって3年が過ぎ去っていた。
一緒に通うはずだった高校も一人卒業し氷室は大学生となっていた。
確かにあの時、数秒前まで夕梨と会話楽しんでいたはずだった。
しかし、振り向いたら、もう、夕梨の姿は消えていた。
まさに煙のように・・・。
水溜りには、さっきまで夕梨の肩にかかっていたリュックだけがぽつんと残っていた。
リュックを拾い氷室はあたりを見回した。
「夕梨」
必死に大声で何度も夕梨の名を呼び探したが、あたりからは何の返事も帰ってこなかった。
仕方なく氷室は夕梨のリュックを持って、夕梨の家の玄関のチャイムを押した。
夕梨が出てきたら小言の一つも言ッてやろうと思いながら、玄関のドアが開くのをまった。
「あれ?夕ちゃんは?」
氷室を出迎えたのは、氷室を怪訝そうに見つめる夕梨の妹の絵美だった。
それからの鈴木家の騒動は言うまでもないことだ。
家出?誘拐?事故?あらゆる捜査にもなんの手がかりもないまま3年が過ぎた。
なぜあんな数秒の合間なのに手がかりがないのか・・・。
最後の目撃者となった氷室は自分を責めた。
その気持ちが毎週のように学校が休みとなると、夕梨を探すことに時間を費やすのを惜しまなかった。
何の手がかりも探せぬまま時間だけが足早に過ぎて行った。
今日も、氷室は足早に夕梨の家にむかい、手馴れた様子で玄関のチャイムを鳴らした。
ドアが開くまでの時間がもどかしく感じる。
「そんなに慌てて、どうかしたのかい?」
ドアを開けた夕梨の父親は驚いたように氷室を見つめた。
「おじさん、実は夕梨の手がかりがわかるかもしれません、これをみて下さい」

氷室は乱れた息を整える事もせず、手に握り締めていた1枚の紙を父親の目の前に突きつけるように差し出す。
「なんでも世界で有名な占い師みたいです。
この占い師、今までに行方不明の人を何人も見つけたと言う事です。水を操る不思議な力もあるとか、なにか夕梨の手がかりが見つかるかも知れません」
その紙には、その占い師に会う段取りについて細かく書かれてあった。
氷室は持てる限りの親のコネを使って、夕梨の行方を占ってもらう段取りをつけた事を
口早に語った。
「今日占ってもらえるんです、行きましょう」
戸惑いを隠せない面持ちの鈴木家の人々をせかし氷室&鈴木家4人はその占い師の元へ急いだ。
少しでも夕梨を探すヒントに見つかればと藁をもつかむ思いの5人である。

通された1室はカーテンを締め切り薄暗かった。

その奥のソファの一つにベールで顔を隠した人影は静かに5人を見つめている。
占い師の前の机には水晶と、その横には年代のたった大人一人すっぽり隠れるような大きさの古めかしい水瓶にたっぷりと水がはられ妖しく光っていた。
今までの経緯を話す前に占い師は話し始めた。
「お嬢さんが行方不明のようですね。」
占い師の両手が静かに水晶にかざされる。
「現世にはいらっしゃらないようだ・・・」
静かに低い声で占い師は言った。
「死んだということですか?」
倒れこむユーリの母を抱きかかえながら、ユーリの父は声をあらげ聞き返した。
「死んではいない・・・別な世界にいるといったほうがいいでしょう」
占い師は慌てることなく落ち着き払った様子で答えた。
「もっと解るように説明してもらえませんか」
氷室は占い師に詰め寄り机の上をこぶしで叩いた。
「これをみて下さい」
氷室の怒りを静めるように、冷静にしかし、威圧ある声で占い師は横にある水瓶を指差した。
「これは・・・」
水の中には、馬の鬣をなぜながら飼葉をやり楽しそうに馬と戯れる夕梨の姿が写しだされていた。
「夕梨・・・」 5人は食い入るように水瓶の中を見つめた。

第三章

「夕ちゃんかわいそう・・・お馬の世話してる。」
ポツリと絵美がつぶやく。
それを合図のようにいっせいに占い師に皆が詰め寄った。
「夕梨はどこにいるのですか?
どうすれば、夕梨を連れ戻せるのですか?」
みんなの願いはただ夕梨に会いたい。そして3年前の生活を取り戻したい。
ただそれだけであった。
「それは無理です。」
その願いを打ち砕くように占い師は言った。
「でも方法がないわけではない。」
「その方法を教えてください。
なんとしても夕梨を連れ戻したい。」
ただ一筋の糸でも取りすがるような気持ちで氷室は聞いた。
「方法はあるが、ただ確実に娘さんを連れ戻せる保証は出来ない。
こちらから向こうの世界に1人だけなら私の力で送ることは可能だ。
そして、一緒にならこの世界に戻せるだろう。
ただし、うまく娘に会えるか保証は出来ない。
つまりは娘さんがいるであろう空間に送り込むことは可能だということだ。
私の力が届くタイムリミットは48時間、それをすぎたら永遠に二人とも元の世界には戻れないだろう。」
占い師の言葉は重苦しくあたりを包む。
「私が行こう」
最初に、そう口を開いたのは夕梨の父であった。
「あなた・・・」
「お父さん・・・」
父は家族を強く抱きしめながら占い師を見つめた。
「僕に行かせて下さい。」
氷室はユーリの父親に食い下がった。
「ダメだ。
そんな危険な賭けに君を巻き込むことは出来ない。
今までのことだけでも君には感謝してるよ。
もし君になにかあったら、今度は君の両親が悲しむことになる。
こんな思いをするのは私たち家族だけで充分だ。」
夕梨の父親は氷室を諭すように言うとしっかりと氷室の手を両手で握った。
夕梨の父親が言うこともわかる。
だが、氷室は自分の手で夕梨を取り戻したかった。
水瓶の中には手に届きそうなところに夕梨がいた。
3年前の春に別れたままの夕梨の姿がそこにはある。
僕が連れ戻す。
夕梨の姿を見た瞬間から氷室はそんな強い欲求に支配され、突き動かされていた。
「では、この水瓶に入ってください」

占い師がユーリの父を促し、一つの水晶を渡した。
「もといた場所に戻る時は、その水晶を持って異世界との最初につながった場所に飛び込めば戻ることができるはずです。」
そう言って、占い師はなにやら呪文を唱えだした。
「わかった。」
夕梨の父はその水晶を受け取り握り締めると水瓶に片足を掛けた。
「やっぱり、僕が行きます。」
氷室は夕梨の父から水晶を奪い取ると、父親を押しのけ止めるまもなく、水瓶に飛び込んだ。
後には尻餅を付いて呆然とするユーリの父親と、何も写らなくなった水瓶を覗き込む絵美、そして見守るだけの母と、姉が残されていた。

水瓶の中は不思議と苦しくはなかった。
一瞬のうちに目の前が明るくなり、水の中を通り抜けた。
水面へ浮き上がると、目の前に石畳の風景が広がった。
すると突然女性の悲鳴が上がり、あたりのざわめきが氷室を躊躇させた。
泉から出ようとした次の瞬間、自分の首筋を冷たく剣先がとらえてる事に氷室は気が付いた。
精悍な顔立ちの若者が氷室を捉えている。
若者は氷室に何か言ったが、氷室はその言葉を理解する事は出来なかった。
泉から引き出され石畳に身体を押し付けられながらも、氷室は抵抗しようとは不思議に思わなかった。
それは、この若者から殺気的なものも悪意も、感じられなかったせいかもしれない。
青年の手が緩んだ瞬間、聞き覚えのある声が聞こえた。
振り向いて氷室の目に飛び込んだのは青年の後ろにたたずむ、紛れもない夕梨の姿であった。

第四章

「夕梨・・・」

聞きたいことは山ほどあった。

だが突然の再会に言葉が見つからない。
ユーリは足早に氷室に近づき氷室を立たせるために右手を差し出した。
「どうしてここに?」
ユーリの言葉が終わらぬうちに、差し出された右手を氷室は自分の右手でぎゅっとつかみ、ユーリの身体を自分の方へ引き寄せると両手でおもわず抱きしめた。
「夕梨、ずっと探してた・・・会いたかった」
抱きしめた腕から逃れられないようにしっかりとユーリを抱きしめ、氷室は両腕に力をこめた。

「氷室・・・苦しいよ」
そのユーリの声に反応するように氷室は自分の手の力を抜いた。
「ごめん、夕梨、ついうれしくなって・・・」
氷室は少し照れながら夕梨に謝った。
「私もうれしいよ。
まさかここで氷室に会えるなんて・・・」
ユーリは思わず涙がこぼれそうになり指で涙をすくった。
「ごめん、君の服も濡れてしまった・・・」
「そんなに謝らなくても大丈夫だよ」

何度も謝る氷室の様子がおかしくユーリの顔から笑みがこぼれる。
氷室は自分がずぶぬれである事を気が付くとともに、夕梨を抱きしめたことで夕梨の服もぬらしてしまった事にようやく気が付いた。
水に濡れてしまった服は夕梨の身体にまとわり付き、裸体をかすかに浮き出させかすかな色気を漂わせ、氷室は目のやり場を失っていた。
たった3年の月日がユーリを少女から女性に変化させたというよりも、カイルに愛されユーリが少女から大人へ脱皮していった事を氷室は知らない。
「ユーリ様」ルサファはすかさず自分のマントをユーリの肩にかけ身体を覆った。
「ありがとう。
ルサファ、こんなとこカイルに見られたら大変だね」やや顔を赤らめながらユーリが言った。
たいへんな問題になりますよ。
ルサファは口にこそださなかったが、心の中でため息をついた。
二人の会話は氷室には全く理解できていない。
「氷室、ここでは落ち着いて話せないから私の部屋に行きましょう」
「ユーリ様、私もお供します」
ルサファが二人の間を割って入った。
後宮に戻ると、驚く3姉妹に自分と氷室の着替えを頼み、ユーリは氷室に着替えるように言うと部屋の奥へと消えた。
大体の経過をルサファに聞いた3姉妹は、氷室という名前に聞き覚えがあることを思い出した。
「姉さん・・・まさか、氷室ってユーリ様の初恋の人じゃなかったけ?」とリョイ

じゃあ、ユーリ様を探してここまで来たという事?」とシャラ

ユーリを見つめる3人を尻目にユーリは濡れた服を素早く脱ぐとハディが慌てて差し出した真新しい服を身にまとった。
「ユーリ様・・・あの男の方は、ユーリ様のお国の方ですよね?」
「なぜその方がヒッタイトに・・・?」
突然現れた異国の訪問者にユーリが連れ去られるような不安を隠しきれない3姉妹である。
「私も、なぜ突然、氷室が現れたのかわかんないのよね。
でも久しぶりに会えたのは本当にうれしいの。」
3姉妹の不安を知ってか知らずか、ユーリは、のんびり鼻歌でも歌いそうな口調でそう答えた。
着替え終えた氷室とユーリは、久しぶりに向かい合い椅子に腰掛けた。
部屋の中に夕日の光がやさしく差し込み二人の姿を映し出していた。

最終章

何から話せばいいのか、言葉が見つからないよ」

最初に言葉を発したのはユーリであった。

「元気そうで良かった」

聞きたいことはたくさんあるはずなのにそんなありふれた言葉しか出てこない氷室は自分がもどかしかった。

夕梨はこの3年どんな生活をしてたのか氷室には判らないが、けして粗末には扱われてないらしい。

そのことは、ユーリに付き従う3姉妹たちの態度からも推測された。

>「夕梨、君を迎えに来た。」
夕梨をつれて帰れる時間には限りがある。
そのことが氷室の言葉を早急にさせていた。
「帰るって・・・日本に帰れるの?」
思いがけない氷室の言葉にユーリは腰掛けていた椅子を倒し立ち上がった。
「ああ、明後日の昼間までに僕が出てきた泉に飛び込めば、ご両親に会うことができる」

「ユーリ様」二人の言葉を理解できないハディが心配そうにユーリに駆け寄った。
「ハディ心配しないで・・・」そういいながらユーリは氷室を見つめた。
日本に帰れるのなら帰ってみたい。
そんな気持ちがないといったらうそになる。
だがユーリは知っていた。
カイルの側から離れることが二度と出来ないことを。
「遅いよ・・・氷室・・・」
思いがけないユーリの言葉に氷室は耳を疑った。
「何が遅いんだ?君がいなくなって僕も、君の両親も気が狂いそうだったんだ。」
ユーリの側に詰め寄り、氷室はユーリを抱きしめた。
「ごめん、氷室」
「日本には帰りたい。
家族のみんなにも会いたい」
「最初はとても心細くて日本に帰ることだけを考えてた。
でもあれから3年の間にいろんなことがあったの」
「私はここで自分の居場所を見つけた。
愛する人とも出会ってしまった。
もうすぐ、私は結婚する。
氷室と付き合っていた頃の私には戻れない」
ユーリは自分を抱く氷室の腕を静かに自分の体から離し、氷室の両手をぎゅっと握り締めた。
ユーリの決心が固いことはわかったがどうしても引き下がることは出来なかった。
「僕が来たことは無駄だというの?」
「そうじゃない、でも帰ることは出来ない判って」

哀願するようにユーリは氷室を見つめた。

3姉妹は二人のただならぬ言い合いをただはらはらと見つめるしかない。
その空気を打ち消すように部屋の入り口から声が放たれた。

「ユーリ、泉から人が現れたと聞いたが?」
ハディがカイルの訪問を告げる暇もなくユーリの部屋のドアが開き、その言葉の主は現れた。
長身の精悍な顔立ちは気品にあふれ、周りのものを威圧する風格も備えており氷室を圧倒していた。
「カイル・・・」
やや顔を赤らめユーリは慌てて氷室の手を離した。
夕梨が帰れない原因がこの突然現れた青年にあることはユーリの態度から直感的に氷室にも理解できた。
そして二人の間を引き裂くすべがないことも・・。
僕の知っている夕梨はもういなのか。
そう納得するしかないということか。
それは氷室にとってもっとも酷な現実であった。
「夕梨、幸せなの?日本に、両親のもとに帰れなくても?」
「氷室のこと、家族のことけして忘れたわけじゃないよ。
会えるなら会いたい。帰れるなら帰りたい。
この3年ずうっと思っていた。」
「けしてあきらめたわけじゃないけど、私の生きる場所はここだと思いようになったの。
私、今とても幸せだよ」

夕梨は自分の横に静かにたたずむカイルを見つめながらそう答えた。
カイルはユーリと氷室の会話が理解できたわけではないが、ユーリの気持ちは不思議と心に響いている。
言い終わったユーリの黒髪にカイルは自然なしぐさで、そっとキスをした。

「一人で帰るしかなさそうだね」
そう、氷室はつぶやいた。
「氷室ごめんね。
でも本当に会えてうれしかったよ」

ユーリはカイルの様子を気にしながらも氷室の側に近づいて手を握った。
それから、しばしの間、氷室はユーリからこれまでの出来事や、もうすぐ結婚式を上げる話を静かに聴いた。
それは考えもよらない物語だったが、考古学が好きな氷室をユーリの世界へ引きよせた。
「どうせなら、僕がこの世界に来たかったよ。
ツタンカーメンや、ラムセスに会えるなんてすごいぜ」
氷室は冗談めかしにそう言ってユーリを笑わせる。
側にはユーリを見守るように片時も離れずカイルがたたずんでる。
夕梨の住む世界はこちらだったのかもしれない。
不思議と氷室はそんな考えに傾いている自分に気が付くと、自然にユーリとカイルを祝福できた。
「そろそろ帰らないと、僕まで帰れなくなる。
送ってくれるかい。」
短すぎる再開に別れ辛い気持ちはあったが、明るく氷室はユーリを促した。
「氷室・・・この手紙を両親に渡して」
泉の前にたたずむ氷室にユーリは一枚のパピルスを渡した。
会うことの出来ない両親に幸せでいると書き綴ったユーリの思いであった。

「必ず渡すよ」
手紙を受け取りながら氷室はもう一度ユーリを抱きしめた。
「僕は元気な君にもう一度会えることを願っていた。これからは君の幸せを願おう」

「これくらい君の陛下も許してくれるよな」

耳元でそうつぶやいて氷室はユーリの頬に軽くキスをして笑った。

不機嫌な面持ちのカイルとは対照的にすがすがしい表情のユーリを残して、氷室が飛び込んだ水面は、波紋を静かにたたえ何事もなかったように静けさを取り戻した。